3月

17日
よしむらひらく+畠山健嗣で吉祥寺ネポにてライブ。何年かして読んだ時にわかるようにちゃんと書いておくと、新コロの影響でライブハウス全体が吊し上げられていた最中、中止になるかなと思ったけれどやれた。
歌がえらく気持ちよく歌えて最高だった。


20日くらい?
100日後に死ぬワニが死んだ。


24日
プロデュースをやらせてもらった、SHIKATA「どこに行っちゃうんだろうep」リリース。
作品についてはおれから語るべきことなのかわからないので控えめに主張しておくけれど、めちゃめちゃ頑張りました。し、それ以上に出来が良いと思う。ほんとに聞いてほしい。

先月のR'nR、今月のSHIKATAと、よしむらひらく名義ではないけれどお仕事でもない、自分の表現の分野の作品を続けて出した。「どこに〜EP」が配信開始になった日の夜中に、なぜか「Sketches〜」を聞いていて、やりきった充足感も相まって泣きそうになった。
いいものを作れてほんとによかった。


27日
合唱団のレコーディング、延期。嫌な気分を抑えて、せっかく時間できたのでアーカイヴシリーズ配信のための諸々の手続き。一気に94曲を配信開始の申請。まあまあコストもかかる。
24日だったか、オリンピック延期決定してから公表される都内感染者数が激増、ここ数日で一気に世間が警戒ムード。明日明後日の土日は外出自粛要請。近々、東京外出禁止令の噂がちらほら。ロックダウンという言葉は今回初めて聞いた。
激増っていって毎日四十人超くらいのペース。これが数年後に読んだ時どうなるだろう。今日までに世界で死者2万人超。まだ増えていくだろうけど、それがどんなペースかは見当つかない。



東北の地震から9年。
当時の気分は暗澹たるものだったにもかかわらず2011年は楽しかったんじゃないか?と最近思い返すようになった。暗澹たる気分に全身を委ねる自由があった、ということだと思う。今だって人から比べるならある面ではかなり自由な身だが。

2011年、デビュー盤のリリース予定が確か4月で、当然ひと月延期になり、そして当然、当時の状況を考えればひと月ぐらいの延期の意味はほとんど無かった。23歳、遅い遅いと思ってやっと実現した流通盤のリリースの宣伝が、死ぬほど辛かった。といっても初めての流通盤を出したあと、初めてのことばかりで浮き足立つような時間ももちろんあった。ニュートラルがどこなのかさっぱりわからなくなっていた。

何もない日はずっと家で冷蔵庫を背に座り込んで、自分と同じように暇な友達と遊ぶ以外ではコンビニと散歩にしか出かけない期間が続いた。携帯を見続ける癖が付いた。iPhoneの3Gか、もう5だったかな?

賢い友達がたくさんいて、みんなそれぞれの方法で胸を痛めながら頭を働かせていた。2011年が楽しかった、と言ったのはこの頃につるんでくれていた友達との関わりが、この先の人生でも二度とないだろうと思えるくらい豊かで奥深く、同時にハイでどこかジャンキーなものだったからだと思う。23?になっていたのに、公園でブランコに乗りながら真剣な話を何時間もするみたいなことをよくしてた。おれはコミットとデタッチ、ということを考えてたと思う。寂しかったんだろう。

この三月(現在)はちょうど過去作の配信のために高校時代から今までに作ってきた音源と写真を集中して振り返るということをしていた。聞くに耐えないと思っていたものでも、最初の数秒の拒否反応を乗り越えて真剣に向き合ってみたら、伝わってくるものはあった。思い出すなら真剣に思い出してやらなきゃいけない、というようなことを雷に打たれるようにして感じた。客観的に聞くとやっぱり聞くに耐えないが。

語り出すと死ぬまでかかるのでやらない。ひとつだけ言えるのは、少し前まで自分の過去のことをひどく侮って(恥じている、というのも当てはまるけれど、少し違う)いたのを、今回の作業を通して少し反省した。あたたかい眼差しで見遣るというような偉そうな気持ちを持っているわけでもない。言いたいことが多すぎて何も言えない、という感じ。真剣に思い出すことをして本当に良かったと思う。

高校を卒業した2006年の春から2011年あたりまで、なぜか日常的にカメラを携行して生活していたということを思い出した。思い出したというより実際にハードディスクに残っている写真の量を見てそうと知った。カメラが趣味、いい写真を撮りたい、というのじゃなくただ単に生活の記録のためで、スマホを使うようになってからはやらなくなったらしい(ハードディスクには2011年ごろのものまでしか写真が残っていなかったので)。そう考えるとおれと同じようにカメラを持ち歩いてた人は今よりはるかに多かったんだろうな。アーカイヴシリーズのジャケット画像を作るために5年ぶんの大量の写真をほとんど全部見返して疲れた。面白かったけど胸焼けした。

年下の人と話していると時々、去来する思いに昏倒しそうになる。目の前にいる相手に、同じ歳の頃の自分の過去のことをちゃんと伝えるのは難しいし、茫洋とした思いはまず伝えようという気すら起きない、けれども相手の実益につながることがあるなら役に立てたらいいなという気持ちはいつもある。シカタには頑張ってほしいが、スッと超えていって欲しいと思っている。おれにできることはおれのこれまでの明らかな悪手と同じことだけは避けて生きていってもらえるように、自分の豊富な失敗の数々を挙げてやることぐらい。

ただでさえ色んなことを思い出しがちな季節である。過去の怨念に報いることも大事だが、それをきれいに達成するためには今やるべきことをやっていくほかないのでもある。

ミックスをやり直しながら、そもそも聞くのも久しぶりだった67年のラブソングは、おれが思っていたよりずっといいアルバムだった。3.11の影響から抜け出したいという気持ち以上に強い絶望がある、抜け出せないと諦めているのだけど、きちんとわけのわからないエネルギーがあった。そして参加してくれたメンバーの演奏がすごくいい。
今このタイミングで向き合ってよかった。

2月

2/1
よしむらバンドライブ。金川、熊谷、カメダ、ふくい、シカタとの6人編成。頭痛がひどい。それもめったにないけど喉と鼻以外の体調不良はほぼ演奏に影響しない。サービス精神には影響出るかも。

変則的な編成での心配な部分はみんな、特にカメダがきちっとフォローしてくれた。むしろ住み分けのはっきりしたちょうどいい編成かもしれない。エレキギター1人足しておれがアコギ、くらいがベストバランスかもしれない。どこかのタイミングで編成は固定したいという気持ちはあるっちゃある。

終演後、主催のボールプール、出演のユメリアソラそれぞれのボーカル2人に真剣に絡まれて日付が変わるまで話し込む。頭痛薬の影響もありつつ、年下のバンドマンから見たよしむらひらく像を久し振りに投影照射されて、フワフワした気持ちでたくさん話をした。
ひとかどの音楽家になるために生活をそこへ注ぎ、本当に色んなことがある。やってこうな、後輩たち



2/4
Rotha and Rapa「Sketches for river」リリース。
まだの方はこちらから。プロフィールや作品概要もここにあります。
https://linkco.re/U5mARzdT
しっかり聴いても、ながら聴きでもどちらでも楽しめるはず。いろんな聴き方ができる。
おれの担当は3曲作って歌と演奏、全体のディレクション、ミックスとマスタリング。3曲はよしむらひらくの新曲とも言えるし、R'nRでないとできなかったとも言える。どれも相当気に入ってます。
ふくいさんは12曲作って14曲演奏。どれも好きだけど「雲と流れる夕闇」「透明な果て」がおれの推し。「花のように 風のように」もふくいさんのあんまりやらない感じがして良い。

R'nRはもともとお仕事の制作を2人で受けていきたくて組んだデュオ。どんどこやっていきたい。自発リリースをまた次作るなら今回とはだいぶ違うやり方になると思う。そう話してる。



2/8
Rotha and Rapaで象の小規模なラジオ収録。
象ラジ初登場のふくいかな子の音楽遍歴の話、おれの近況の話。象ラジの人たちはバンドマンよりバンドマンぽいところがあるな、と思う。時々すごく会いたくなる友人たち。



2/20
よしむらバンドライブ。岸田、熊谷、畠山、リツコとの5人編成。ずいぶん昔から知り合いの先輩たちと、古巣である下北沢440で、12〜8年前に作った古い曲ばかりを演奏。

10年前、下北沢の近くに住んで440にもしょっちゅう遊びに行っていた。はっきり思い出せることは減ってきているけれど、440のステージからの眺めは笑えるくらいに強烈に懐かしい気分だった。嬉しかったな。



2/26
この冬初の体調不良に攻め立てられ夜中まで寝てから起き出して、前日に全ディスコグラフィーが配信解禁になっていたaikoの懐かしいアルバムを聴く。
やけにすっきりした気分になる、このところ詰まりを起こしていた自分の脳味噌のある部分の栓がスポンと抜けたような感じ。
おれはミュージシャンであり新しい音楽を作っていくのが仕事であると同時に、そことは少しずれた文脈でライフワークとしてよしむらひらくをやってきたし、それを続ける責任のようなものがあるな、自分に対して、というようなことを考える。おれがよしむらひらくをやる、というのは当然完全に素のままというわけではないし、かといって嘘という方がより遠い。心の底から役に入り込んで演技をしている、という感じがあたると思う。それも相当長い期間、1日の中でも休みなく、という状態で続けてきたので、演じている役が自分自身にも強く影響をして、区別がつかないほどになっている、というような。
先日の象ラジでも話に出た、個人的怨恨で音楽を聴く、という気分にも繋がってくる気がする。



・・・・・



去年後半からの製作期間中ずっと、支えにしつつ、呪いにもなってしまっていたように思う文章を引用。

僕はギー兄さんを誘って、ウィスキーと水の盆ともども書斎に移った。話を聞くうち自分としての不満足の理由が、深い根本にあるとわかった小説の草稿を焼くために。暖炉の煙突への蓋を押し上げ、草稿の幾枚かをまずもみくちゃにして火をつけると、ギー兄さんは太い腕でそれをさえぎろうとした。
─きみも酔っぱらっているわけだから、燃してしまうとしても明日にしないかね?
─いや、焼いた方がいいとよくわかったから、と僕は燃えあがった小さな炎を囲うように原稿の束を並べながら答えた。これまで作家として暮してきて、そこでかちとった生活の知恵のひとつにね、失敗している草稿をとっておくと、次の仕事に生かしたいという心が働いて、いつまでも自由になれないということがあるよ。もう幾度も、ここで焼いてきたんだ……
─いったん書いたものを焼き棄てて、後悔する、ということはないものかね?
─ギー兄さんの批評は核心を射たからね。
─きみは自分に対して根拠のない負い目を感じていて…… いま必要以上に、自分の批評を納得した身ぶりをしているのじゃないか?
僕は黙って、原稿の束が一枚ずつ炎の力でメクられながら燃えて行く様子を眺めていた。屋敷の囲炉裏で、若いギー兄さんと僕とはたびたびそのようにして燃える火を眺めていたことがあった……

R'nRのアルバムと同時進行していたあと2つの大物制作の終わりがやっと見えてきた。来月か、再来月には色々とお知らせできることを祈ってます(祈)

10月&11月

とにかくこのふた月は制作、制作で性格が変わるくらいバタバタしてる。ライブがあるおかげで常世から切り離されずに済んでる部分はある。12月には完全復帰の目処にもなるツーマンもある。1つも取りこぼさず、灰になるまでやる。灰になる前に必ず大きな成果を得る。必ず。

まずは12/14スーパーノアvsよしむらバンド全員のツーマンはみなさん、なにをおしても来てほしいです。最高の日にできる。

続きを読む