4月

ちょっと色々ありすぎてもうよく思い出せん。
先月末の時点で予想してた最悪の状況よりは控えめだったけどコロナ禍に関わる状況は悪化の一途。
おれは毎週リリースがあってあんまり気分を落とす暇もなく過ぎていったひと月でしたが、人生に一度あるかないかの危機に直面してるという人もいるんじゃないかと思います。それぞれがどうにか強く生き延びることを信じて、おれはおれの仕事を粛々とやります。

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「Archives 2」を全曲解説しながら慰める

先週リリースのarchives 1は高校生の頃に作った曲集でしたが、今回は19歳から21歳までの2年間の記録です。これまでの人生の中では一番多作な時期でもありました。
さすがに高校時代の音源よりはツッコミどころが少なく、そういう意味では物足りなさはありますが、とにかく辛そうで、これを作ったやつにちょっと一回飯でもおごりながら話聞いてやりたい…と思いました。実際に会ったらただ生意気でどうしようもない奴だったと思う。

聞きながらどうぞ
https://linkco.re/N2eR2e85

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3月

17日
よしむらひらく+畠山健嗣で吉祥寺ネポにてライブ。何年かして読んだ時にわかるようにちゃんと書いておくと、新コロの影響でライブハウス全体が吊し上げられていた最中、中止になるかなと思ったけれどやれた。
歌がえらく気持ちよく歌えて最高だった。


20日くらい?
100日後に死ぬワニが死んだ。


24日
プロデュースをやらせてもらった、SHIKATA「どこに行っちゃうんだろうep」リリース。
作品についてはおれから語るべきことなのかわからないので控えめに主張しておくけれど、めちゃめちゃ頑張りました。し、それ以上に出来が良いと思う。ほんとに聞いてほしい。

先月のR'nR、今月のSHIKATAと、よしむらひらく名義ではないけれどお仕事でもない、自分の表現の分野の作品を続けて出した。「どこに〜EP」が配信開始になった日の夜中に、なぜか「Sketches〜」を聞いていて、やりきった充足感も相まって泣きそうになった。
いいものを作れてほんとによかった。


27日
合唱団のレコーディング、延期。嫌な気分を抑えて、せっかく時間できたのでアーカイヴシリーズ配信のための諸々の手続き。一気に94曲を配信開始の申請。まあまあコストもかかる。
24日だったか、オリンピック延期決定してから公表される都内感染者数が激増、ここ数日で一気に世間が警戒ムード。明日明後日の土日は外出自粛要請。近々、東京外出禁止令の噂がちらほら。ロックダウンという言葉は今回初めて聞いた。
激増っていって毎日四十人超くらいのペース。これが数年後に読んだ時どうなるだろう。今日までに世界で死者2万人超。まだ増えていくだろうけど、それがどんなペースかは見当つかない。



東北の地震から9年。
当時の気分は暗澹たるものだったにもかかわらず2011年は楽しかったんじゃないか?と最近思い返すようになった。暗澹たる気分に全身を委ねる自由があった、ということだと思う。今だって人から比べるならある面ではかなり自由な身だが。

2011年、デビュー盤のリリース予定が確か4月で、当然ひと月延期になり、そして当然、当時の状況を考えればひと月ぐらいの延期の意味はほとんど無かった。23歳、遅い遅いと思ってやっと実現した流通盤のリリースの宣伝が、死ぬほど辛かった。といっても初めての流通盤を出したあと、初めてのことばかりで浮き足立つような時間ももちろんあった。ニュートラルがどこなのかさっぱりわからなくなっていた。

何もない日はずっと家で冷蔵庫を背に座り込んで、自分と同じように暇な友達と遊ぶ以外ではコンビニと散歩にしか出かけない期間が続いた。携帯を見続ける癖が付いた。iPhoneの3Gか、もう5だったかな?

賢い友達がたくさんいて、みんなそれぞれの方法で胸を痛めながら頭を働かせていた。2011年が楽しかった、と言ったのはこの頃につるんでくれていた友達との関わりが、この先の人生でも二度とないだろうと思えるくらい豊かで奥深く、同時にハイでどこかジャンキーなものだったからだと思う。23?になっていたのに、公園でブランコに乗りながら真剣な話を何時間もするみたいなことをよくしてた。おれはコミットとデタッチ、ということを考えてたと思う。寂しかったんだろう。

この三月(現在)はちょうど過去作の配信のために高校時代から今までに作ってきた音源と写真を集中して振り返るということをしていた。聞くに耐えないと思っていたものでも、最初の数秒の拒否反応を乗り越えて真剣に向き合ってみたら、伝わってくるものはあった。思い出すなら真剣に思い出してやらなきゃいけない、というようなことを雷に打たれるようにして感じた。客観的に聞くとやっぱり聞くに耐えないが。

語り出すと死ぬまでかかるのでやらない。ひとつだけ言えるのは、少し前まで自分の過去のことをひどく侮って(恥じている、というのも当てはまるけれど、少し違う)いたのを、今回の作業を通して少し反省した。あたたかい眼差しで見遣るというような偉そうな気持ちを持っているわけでもない。言いたいことが多すぎて何も言えない、という感じ。真剣に思い出すことをして本当に良かったと思う。

高校を卒業した2006年の春から2011年あたりまで、なぜか日常的にカメラを携行して生活していたということを思い出した。思い出したというより実際にハードディスクに残っている写真の量を見てそうと知った。カメラが趣味、いい写真を撮りたい、というのじゃなくただ単に生活の記録のためで、スマホを使うようになってからはやらなくなったらしい(ハードディスクには2011年ごろのものまでしか写真が残っていなかったので)。そう考えるとおれと同じようにカメラを持ち歩いてた人は今よりはるかに多かったんだろうな。アーカイヴシリーズのジャケット画像を作るために5年ぶんの大量の写真をほとんど全部見返して疲れた。面白かったけど胸焼けした。

年下の人と話していると時々、去来する思いに昏倒しそうになる。目の前にいる相手に、同じ歳の頃の自分の過去のことをちゃんと伝えるのは難しいし、茫洋とした思いはまず伝えようという気すら起きない、けれども相手の実益につながることがあるなら役に立てたらいいなという気持ちはいつもある。シカタには頑張ってほしいが、スッと超えていって欲しいと思っている。おれにできることはおれのこれまでの明らかな悪手と同じことだけは避けて生きていってもらえるように、自分の豊富な失敗の数々を挙げてやることぐらい。

ただでさえ色んなことを思い出しがちな季節である。過去の怨念に報いることも大事だが、それをきれいに達成するためには今やるべきことをやっていくほかないのでもある。

ミックスをやり直しながら、そもそも聞くのも久しぶりだった67年のラブソングは、おれが思っていたよりずっといいアルバムだった。3.11の影響から抜け出したいという気持ち以上に強い絶望がある、抜け出せないと諦めているのだけど、きちんとわけのわからないエネルギーがあった。そして参加してくれたメンバーの演奏がすごくいい。
今このタイミングで向き合ってよかった。