今回は内容が深刻に取られたら嫌だから軽いテイスト(口調)でいかせてけろ(かえるマーク)。
前回の記事 で公開をお伝えしたデモ音源、あのボーカルを録ったのはブログ書いた当日だったんですが、翌日だったかな?その日の夜かも?に見事に持病を再発しまして、つってももう何回やってるか覚えてないくらい繰り返してるのでむしろ病院に行って医者の先生に話を聞くのが楽しみだなってぐらいなもんで、今回も新しい知識を仕入れて帰ってきた。今回はまあ軽度で処置無し安静のみ。普通に生活してます。

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初めて見る今年の春に向けて・minamitetsuのこと、合唱のための曲のこと

ご無沙汰しております。

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ごあいさつ

現状最後のライブから20日が経ちました。今までもこれくらいライブが開くことはたまにありましたが、そういうのとはやっぱりだいぶ違う気分で過ごした三週間でした。
現状最後のライブ という歯切れの悪い言い方になってしまうのは、しばらく活動をお休みする というこれもやっぱり歯切れの悪い言い方をしてしまった、そういう状態に自分を置くことにしてしまった自分自身の責任なのですが、我ながらいちいち言葉選びがめんどくせえよと感じています。
テレビで、石川県加賀市の議員が問題を起こして記者会見をし、その会見でまた問題発言をした、という旨で組まれたワイドショーの番組を見たのですが、その議員の人間性に対する倫理的な評価とは全く別に、会見の中での釈明のための言葉選び、説明のうまくなさがまるで自分を見ているようで少し胸が痛みました。誤解 という言葉は本当に難しくて、考えようによってはこの世界に誤解というものは存在しない -受け取る人の理解したことの方こそ真実だと言い切ってしまうことだってできるのだなと、改めて痛感しました。まっこと人に対して口を開くというのはそれだけで難しく、悲しみのつきまとう行為なのだと思います。そうそう、この世に誤解が存在しないと捉えるなら、その空間に代わりに何が入るのか、それが悲しみではないかしら、と思います。

※記憶にギリギリ引っかかっていたので自分のブログ内で「悲しみ」と検索してみたら出てきた2015年のポスト。まさかとは思ったけど、おれの捉える悲しみという感覚は定義に一貫性のあるものらしい。
http://hirakuyoshimura.hateblo.jp/entry/20150829/p1

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おれにとっては正確を期した、丁寧な説明が、回りくどいとか、ひどいときには逆に不正確だという風にむしろ受け取られてしまうことは多く、というかおれのこれまでの人生まるごとだいたいそんな感じだったんじゃないか という風に、活動を休止するにあたっての説明として書いていたうんざりするような長文を読み返しながら考えていました。その現象を便宜上「誤解」というふうに表現するとして、その誤解を生む責任はやはり自分のほうにしかないのだと、そう捉えるほかはどうしようもないのだと考えるのがおれのやり方で、これじゃもう誤解(または悲しみ)を生み続ける永久機関だ、フフフ、と思いました。
そこで思い切ってその「回りくどく不正確な」書きかけの長文を破棄し、おれ自身にとっても気分よくこの話を最後まで書き終えられるよう、新規のポストを書き出しています。
書き進めていくうち、さきに破棄したはずのポストと同じ筋道を辿るようなことになるかもしれないという畏れが依然としてあるので、できる限り簡潔に、思い切りのいい表現を心がけます。時間が経って読み返して -ああ、大事な場面で極端な言い方をしたもんだな、と後悔する予想は容易にできる、しかしそれも全て過ぎたことだと、時間の流れの柔らかい力に慰められることにもなるのだろうという予想のほうを励ましにするようにして書いてみようと思います。

以前から多少機嫌が悪い時(むしろ良い時だったのか)には「音楽やるより楽しい生活が見つかればやめる」というようなことを言ってきたと思いますが、いま実際にその時が来た、つまりおれにとって音楽をやるよりも楽しい、音楽ではなくこれがやりたい、というような何かひとつの大きなものが見つかったというわけでは、今はないと思います。
以前から予想していた形での変化がついに起きたのではなく、時間をかけてあらゆることがゆっくり変化してきていて、その変化についに自分で気付いたとき「音楽やるより楽しい生活が見つかればやめる」という条件というのか、前提のほう自体が無効になっている(たとえば、楽しいからという行動原理がいま自分にとっては有効でないと感じます)ばかりか、別の、過去には想像すらできなかったような気分がやってきて、その気分の指示に素直に従った結果が、よしむらひらくとしての活動を止めてみる、ということになったのでした。今年の夏の終わり頃のことです。

理由として挙げられそうなものはたくさんあります。

もっともらしい声明を出して別れの挨拶とする、そういう儀式をやる慣例は、様式美のようなもので他人がやるぶんには悪くはないと思っています。でもそういう、慣例のひとつひとつが自分には合わないと感じることが多かったのも、自分の活動の仕方を一度根本的に見直そうと思った理由のひとつです。

おれは、おれが活動をお休みする理由についてどうしても聞きたいという人が多く待っている、というようなイメージはしていません。おれはよしむらひらくのリスナーに対してえらく偏った強い信頼を持っていて、おれが「そんなんどうでもいいじゃん」と思うことについてはきっとみんなもそうだろう、と見てしまう基本的な姿勢があります。いや、そうあってほしいという希望なのかもしれません。もしそれが本気の信頼ではなく、そうあってほしいという希望というほうが正確であったなら、その狂った願望がおれのうちにうまれた経緯は悲惨で、原因は絶望の連続によって、という他にはないだろうと思います。できるだけ多くの人に聞いてほしいという願いを持ちながら、かつその多くの人みなに対して自分と同じ感じ方をしてほしいと願っているなんて、バネにするには過剰な逆境があったか、軽い逆境すらバネにする根性をおれが持っていなかったか、そのどちらかとしか考えられないんじゃないでしょうか。そして今の時点ではおれは、その両方が自分と、自分のいた環境に当てはまると分析しています。
さらに客観的になるなら、恐らく二つの願い -できるだけ多くの人に聞いてほしい、かつ全員に自分と同じ感じ方をしてほしい- を無意識に持ちながらそこに矛盾を感じないでいられるというのが、音楽で成功するのに必要な性質のひとつだろうと思います。こんな風に本音を書くのは勇気がいりますが、自分の作る音楽を聴いてそれぞれ好きに楽しんでくれればいいという常套句は、夢物語だと考えています。こんなこと考えたくはないけれど、どうしようもないのです。こんなジトジトとした感情を持たずにはいられないという状態になってしまっている自分を本当にまずいと思う、これは治さなくてはいけない、と考えたことも、またお休みのひとつの理由と言えると思います。

18の頃に幼い胸に誓った、「自分を曲げるくらいなら売れなくていい」というフレーズを、改めて思い返しています。このフレーズの中に指示代名詞的にある「自分を曲げる」、「売れる」という二つの抽象的な表現に代入される具体的な行為や状態が、18の頃とはすでに大きく違っているのだと思います。宣言通りに極端な言い方をしますが、いまのおれの考え方では、音楽を自分以外の他者に聞かせるとか、もしかすると音楽を作るということ自体が、自分を曲げるということに該当しかねない、ということになってしまいます。一般論としての、何かを表現しようとするとそこには既に情報の劣化や改ざんが入り込んでしまう、というのともまた少し違って、いまおれにとって重要なのはあくまで個人的な、要は自分がそれをうまくやれない、ということに原因があると言ってしまうことができるとも思います。これはこのポストのはじめの、誤解=悲しみというあたりの話として少し重なってくることかもしれません。

こうやって暗い話を、活動のお休みの理由としていくらでも書き続けることができますが、休止を決めてから友人知人と話をするなかでは、休むのは全然暗い理由じゃないと言い続けていました。そしてそれもたぶん本当のことです。
暗い話と言いましたが、何かをやり続ける、例えば一番雑な言い方ならふつうに生きることを続けるだけでも、上に挙げたようなものと似た葛藤が無いわけがなく、その葛藤と向き合ったりなだめすかしたり時には勢いに任せたりして付き合っていくのは、いわば誰にとっても当たり前の仕事であると思います。そう考えればまるで暗い話などではなく、ただ当たり前の苦労をしながら続けてきた音楽を、しかし一度止めてみたら、きっとそのたくさんの葛藤や苦労の中に、本当は全然必要なかったものを発見して選り分け取り除いていくことができるのじゃないか?もしそれができたとしたら、そうして整理整頓してスッキリした状態でもう一度表現に向かうことができれば、きっと作品はよりよくなり、おれ自身もまたより良い状態になるんじゃないか?という期待がそこにはあります。
苦労が大きいとか、絶望したのだとか、そんなことは当たり前で、その程度のネガティブな要素だけではお休みをするという発想には結びつき得なかったと思います。お休みをすることで得られるポジティブな効果への期待の大きさが、なによりも強い理由になったと思います。

ただ、ポジティブに変換することをせず単体としては絶望を絶望のまま受け入れて、それをじっくりこれから味わっていきたい、と思うことがらもあります。たとえば、よしむらひらくの音楽が、おれが自分で最低限必要だと思うレベルで世間から評価されさえしていれば、止めることはなかっただろうということ。未来のことはわからない、止めずに続けてさえいればいつかなにかの強いフックアップがあって、それなりに評価されるようになることもあるかもしれない、それもまた事実でしょうが、12年やって、その意味ではある程度の結果が出たと自分では思っています。
「売れたくて頑張ったけど売れなかった」ということだけは、ごまかさず受け止めて辛さを味わい続けていこうと思っています。

おれがよしむらひらくを休んでこれから自分がやることに強く期待している、と書きましたが、やはり我慢しきれず蛇足をくわえさせてもらうと、おれがこれからどんな風に変わっていったとしても、見放さず必ず好きでいるという決意だけはどうかしないでください。おれとしてこんな風にするお願いが有効だということ、このお願いに抗う人がいないということを信じていないと、12年続けてきた活動を止めてまで試みる変化のためのまっさらで自由な足場がぐらつくように感じてしまう、そんなような気がするのです。

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さて、文章がちょっと散漫になってきました。読み返すのも億劫です。またもう一度いちから書き直す気も起きないのでひとまずこれくらいにしようと思います。

おそらく音楽をやっていなければ出会うことのなかった、本当にたくさんの人たちにお世話になりました。スタジオローサとして企画したよしむらひらく現状最後のライブに出演してくれたタカハシヒョウリ、ハマモトさん、ゆーきゃん、DJ畠山健嗣(4人とも、4人それぞれの話し方でおれの門出をいじって、もとい祝ってくれました)はじめ、これまで関わってきたたくさんの方々、一人一人との関係は今後も変わることがないことを祈りますが、ひとまず、いまは本当に心から感謝を伝えたいです。そして続けていく人たちのやる表現がより素晴らしいものになるよう、その道のりがより楽しいものになるよう応援していきます。

2017年時点のバンドメンバーに関しては九月のワンマンと、翌月にやったその打ち上げでひとつの区切りがついていたとも思いますが、これまで一緒にやってくれた21人のメンバー全員に、どれだけ言葉を尽くしても足りない、感謝と謝罪を。

応援してくれていた方々へも、簡単には言い表せない感謝の気持ちを持っています。ライブでお会いして感想を伝えてもらうこともありがたかったし、メールや手紙で、こんな風に聞いていますというお話を聞かせてもらえることも本当に幸せでした。今後もよしむらひらくの音楽が、懐かしい季節が巡ってくるようにときどきお側にあることができれば嬉しいです。





よしむらひらく

今後のわたくし①

9/22ワンマンのフォトギャラリー公開、SHOPでの喜多村みかさんの写真集取り扱い、スタートしました。

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