解説、というより反省文・2011


2011年末作。収録曲、ジャケット、購入方法などはこちらの記事

三ヶ月くらいの短い販売期間になってしまったけど、未だに自分の音源でいちばんひとに聞いてもらいたいものかもしれない。その気持ちは自虐や自嘲を多く含んでいるとは言え。
三月の地震に端を発する多くのことと、それにより露になった多くのことから感じたこと、考えたことの中のいくらかが曲になったので、それをまとめようとした音源。それらを“まとめる”ということの無理や矛盾は重々承知で、でもその無理も矛盾も、表現者としてまっさきに向かい合うべきもの。
この年は表現者としての自分とそれ以外の自分がおおいに争った一年間だったと思う。そしてその問題が忘れられることなく解決されたのか、という未だに続く自問は生きている限り続くものであるのかも。
今回ほとんど解説になってないけど、以下畳みます。






1.tokyo2011
一曲めは諦観と希望のせめぎ合いの曲。というかこれ作って以降のおれの曲はほぼ全部それがテーマと言ってもいいと思う。どっちが優勢か、というその時の気分が違うぐらいで。


2.nuc.blues
二曲めは諦観と希望のせめぎ合い、はその通りだけどサブなテーマに怒りと愛情。愛情からくる怒り、それを自分で俯瞰したときに感じた滑稽さ。
毎日コミットメント、デタッチメントについて多分の思い込みを持って考えてた時期に作ったんだと思う。そういう意味ではsetagaya〜と重なるものがある。

3.girl in the wilds
タイトル通りの状況を想像して作った曲。このギターソロはこの曲の中にあって何を表現してるのか、この曲で言おうとしてることにこんなギターソロが必要なのか、自分でぶち切れそうになってたところに身内から、ただ音楽の話としてということに違いはないのだろうけど、ギターがいいねと言われて完全に自棄になった記憶がある。
そもそもこんなことを自分が歌にする権利があるのかとも思ってたな。
曲としては好きです。

4.海の見える街
3月の、たしか16日か17日に作った曲。
この年の夏くらいに仙台にライブしに行った時は歌えなかった。最近ライブでやるときは観てくれている人に挑むような気持ちで歌ってる。そういうところにおれの人間としての小ささというか、人前に立つのが向いてないと自分で思う根拠というか、そういうのがある。

5.prayer
これはいい曲だと思う。自分では“春”とかより好き。何日か前のブログにも登場してたな。
諦観と希望の話に即していうなら希望寄りとは言え、希望はなくとも諦観に浸りきるのは愚かだ、ともかく声を出せ、ということになるか。




演奏は“海の見える街”以外の全曲ドラムに岸田佳也、逆に“海の見える街”にはピアノとコーラスでアラカキヒロコ、あと全部おれ。

ドラムとギターはリハスタで、ベース鍵盤はライン、アコギと歌のマイクは毎度の57β。全行程MTR(zoom MRS-1608)で制作。