夏物衣料と本をくれ

高校三年生の頃から朝まともな時間に起きることが少なくなって、それから何年かして気づいたことに、季節のうつろいが、特に冬から春にかけての最高の変化のタイミングが、一番鮮やかに感じられるのは朝、だいたい8時くらいまでの時間帯だということ。昼頃起き出すとその日の一日という単位だけじゃなくもっと大きな流れからおいてけぼりを食らったような気になる。
季節の変わり目というのがこのうえなく好きなおれにとっては大きいことのように思うけど、どう考えても自業自得。
ふゆはつとめてはるはあけぼのと教えてくれている人もいますし。

自業自得という言葉がおれの生活に通底する調性みたいなものの一端をよく表すんじゃないか、と最近思う。誰だって多かれ少なかれそうなんだろうが、少なくともおれはちょっと気持ちを落ち着けて俯瞰してみるとなんでもすぐ人のせいにしよるなあ、と思う。だからなるたけ忘れないようにすべきと意識することともしてる。
別に来し方振り返って美しい後悔がどうのとかいう話じゃなく、まあそれもあるけど、朝起きるとか夜に寝るとか、そんなこと。伸びすぎる前にきちんと髪を切るとか、人前に出るのに恥ずかしくない服装をするとか。

こないだ4日のグッドマンでライブ中、大森さんに差し出されたビールを飲んで、おれは極端にお酒に弱いしライブのときはおろか普段からまったく飲まないんだけど、他ならぬ大森さん(おれの高校生の頃のヒーローの一人だ)にもらったビールだし、と無理をするような気分にもならずむしろ掛け算で気持ちが上がるような、自然な楽しい勢いがその日のイベントにあったということも手伝って、結局ちょうはっぴーな気持ちになりアンコールもやっちまった。10代の頃に一緒にやってたメンバーと、10代の頃に作った曲。

季節の変わり目をはっきり感じられる機会が減ったとはいえ、やっぱりいろいろと思い出す。365日で一周して一階分のぼる螺旋階段の、日付で定められた一点を縦に貫いて、一年前、五年前、十年前はそろそろ怪しいけど、いや怪しいどころかほとんど覚えてないけど、それでも季節の匂いとか色とかそういうのはむしろあの頃の方が強烈に感じてたはずよな。目なんかいま圧倒的に悪くなってるし。しかもとっておきの、あけぼののあの感じは、おれの五感にはこの何年か上書きされずにいるわけだ。

きのう読み終えた本の主人公がしきりにそんなようなこと言ってたんだけど、おれってつまらん人間だなあ、と思うことがあるとして、それは甘えというか、自分に甘いのではないか?と思う。おれが自分でそう思うとき、それを改善すべく前向きに努力しよう、というよりはなんかそれすら結局人のせいにしている匂いがする。自分で責任取ってない感じがする。
おれってつまらん人間だ。

夏物衣料と読む本が欲しい。髪を切って、砕けた歯を治しにいかなきゃいかん。眼鏡と手帳を買いにいかなきゃいかん。誰にやれと言われたわけでもないのに、なぜかやらなきゃいかんと考えている。仮に誰かにやれと言われたことだとしても、それは全部自分だけのために。いろんな場面で意識的に生きていこうと意識していくことは、大変だし、たぶん無駄。