〜11/5・本音よ、最も美しくあれ、2(弁解の回)


お知らせは飛ばしていっこまえのみたいな記事を書くとやはりというか反響がぼちぼちあって、まあ大半は苦言なんだけど、絵描きの先輩がくれたメールを読んで思い出した、おれそういえば死にたいとかばんばん言ってたわ。いや忘れてたわけじゃないけど、いくつかはっきりと思い出した。一昨年くらいまでは言ってたな。
でももうそうそう無いだろうな。そんな気がするという以上のことは言えないのだけど。でもそんな気がすることは大概その通りだから。
見苦しい弁解にしかならないしわざわざこんなこと書かなくてもいいんだろうけど好きなんですよねこういうの。見苦しいのが。
これほんと蛇足で超念のためなんだけど、(というのは食いついてくる困ったさんがたまにいるからなんだけど、別にいいけど、困らないし、どっちかいうとちょっと嬉しいし、でもどうせ議論するなら論外のことは論外としてスタートしてる言葉が欲しい)一年とか二年とかそれ以上経って言うことが変わるってのは、当たり前のことよな。おれも26になって、年々スパンは長くペースは遅くなってると言えど成長だか変化だかはしている。他人にそういう変化を見ると、尊敬したり、恐ろしくなったり、つまりは嬉しいけどな。それが例えば自分に対しての興味をいっさい失っている、とかいうような変化であっても。




 大岡昇平の命名した「青山学院」には様々な文士がたむろしていた。白州正子は「有閑マダム」と呼ばれようが、「座敷のテリヤ」と呼ばれようが身体を張って、しばしば泣きながらも彼らとつき合った。青山二郎(通称ジィちゃん)という先導者を得て「異界」を訪問した彼女には、次から次に試練が課されたに違いない。深酒、睡眠不足で胃潰瘍を何度も繰り返した。
〈たとえばこんなことがあった。ジィちゃんと付合う時は、いつも朝まで飲む覚悟でいたが、大磯に私の父親が住んでいたので、その日は早めに失礼するつもりでいた。私が途中でずらかろうとしているのを見て、ジィちゃんがどこへ行くのか訊いたので、「大磯の父のところへ行くの。あたし、親孝行なのよ」といったとたんに爆弾が落ちた。
「親なんて仮りのものじゃないか!」〉(「いまなぜ青山二郎なのか」)
 白州正子の訪問した「異界」において最も軽蔑されたのは「里心」というものであったろう。「里心」がついた途端に「異界」の光景は色彩を失い、構築物は崩壊する。「家庭の幸せは諸悪の根源」と述べたのは太宰治であるけれども、「青山学院」においては敢えてそのようなことを言挙げすること自体が、もはや「里心」なのである。


ひじょうにぐっとくる。冷静に考えると何を言ってるんだかさっぱりだがぐっとくるものってのは得てしてそう。これはおかんが貸してくれた白州正子の追悼本?みたいなものからだけど、親に借りた本の中からこの部分をわざわざ引用しているおれの魂胆はさしずめ反抗期の里心、甘えの極みというやつだろうかしら。
家庭の力を妹(いも)の力と呼び、それを振り切るところから芸術は出発するとかなんとかいう文章を読んだ気がする、のもこの本の中だったと思っていたけどぱらぱらめくって見つからなかった。



これがようやくタイトルと直接に掠る内容かもしれないけど、しかもちょっと話飛ぶけど、偽悪というのは善行を含むことより多くの場合独善すなわち偽善に他ならないのではないか?と考える。とはいえ偽善は問題外で、どちらかというと自分に親しく感じられる偽悪という言葉の対義語として置く気にもならないよなとふと考えた時に思いだした、友達の歌の歌詞

偽善はやだし 皮肉屋はもっとやだ 溢れるくらい花束 胸に抱こう

ポップソングの歌詞としてはどうなんだと思わないでも無いけど、考えてることがハイレベル過ぎてびくっとした。この飛距離こそ歌の中でやるべきことなのかも、なんてうだうだ考えてる自分のノロマさ加減にへこむ。




連日歌録り直し(オートチューンなんて使わねえからな、意地でもっていうか、意地で)とミックスで、ほんとに珍しく忙しく、もう。寒いし。12/15、ほんと来てください。