1/12〜1/18・今週わりと長いし大事な話もある

1/12(日)

晴れ。気温は低くなってきたけどぜんぜん、東京はきりっと気持ちのいい寒さで、コート着なくても辛くない。


邪悪さ、というものにどうしようもなく惹かれ続けてきた。
言葉ではっきりと意識するきっかけになったのは最近で、秋にイベントに呼んでもらった時、東京エレクトロックステアズ、KENTARO!さんのダンスを初めて見たときだった。
百聞は一見に如かず、言葉で説明するのはむつかしいのだけど。一見実直で気の弱そうな人なのに、日常的に鍛えていなければこうはならないという感じのがっしりしていてまっすぐ伸びた上体から首周りと、フロアで立ち話をしているときもステージで踊っているときも印象のまるで変わらない(ということが印象的な)、帽子や髪で隠されていない目とからくるのか、性格を想像しづらい、得体の知れなさに恐ろしくなり、でも野蛮な若さではない、はっきりとした気迫というものでもなく、覚悟と諦念を重ねた時間の存在感が匂い立ちつつ迫ってくるような感覚を味わったのにつき頭の中で説明をつけようとして、これはKENTARO!さんの邪悪さからきているんじゃないか、となんとなく直感のように浮かんだ言葉。終演後に話してKENTARO!さんがおれよりも10近く年上だったということを聞いて、歳経ることで培われた雰囲気をまとっていたのかとおおいに納得しつつも、予想をくじかれた形でもあったのだけど。
でもこの、一度は邪悪さと呼びたくなった初対面のダンサーから受けた、しかし今まで近い感覚を味わわせてくれる人のたびたびあった気のする印象が、すぐにその言葉で表すのは適当ではないなと思い直される、ということ、それが年齢というわかりやすいものさしによるところがあるにせよ、段階を踏んで言葉を吟味させられることになったことにこそ意味が大きかった。(その日の帰り道は、乖離しつつ絶妙な味わいのコンビネーションのほうけ切った気持ちと冴えまくる頭が真冬の露天風呂のようだった。歌とダンスという違いはあれど単純にライブとしてエレクトロックステアズに負けたという悔しさと、いいもん観たわ〜という感動の余韻も同じように同居していた)というのは、KENTARO!さんの踊るのを観ながら邪悪さという言葉を見つけて意識に浮かべたとき、五感とその言葉を結びつけようとした瞬間の快感は、無理なく詞を作る時のそれとぴったり重なり、その手応えは年齢の話に納得したあとも手放すのが惜しいほどの、というか手放さないでいようと強く思うほど大切なものだった。その段階があった上で、KENTARO!さんらと別れたあとの帰り道で前述の露天風呂に浸ったままの頭で、KENTARO!さんのことを、心からの尊敬と畏怖を込めて、邪悪さを持った人と呼ぼうと決めたんだったと思う。
そうしておれの中だけではあれど新しい暫定的な定義を持った、邪悪さという形容を、当てられるべき人に出会ったのは前述の通り初めてのことではなかった。それはおれが特別好きな表現者のかなり多くの割合に対して、改めて当ててみるとしっくりくる言葉だった。ただそうして思い浮かべる具体的な一人一人には邪悪さという言葉に加えて大量の注釈を付けたくなるので、カテゴライズとしては弱いのかも。その中でもKENTARO!さんは、邪悪さという本来の言葉通りの意味が当てはまる分量が小さい。ここで終わると誤解の種を残したままという感が否めないけど、結局邪悪さという言葉を自分で否定する運びになる、続きはまた来週にでも…書けたら…




1/13(月)

晴れ。昨日と似たような天気。気持ちいいけど、寒い。

昼でも夜でも、学校には近づかないようにする。子供と女の人には特に気をつける。カップルはわりかし安心だけど親子連れはまずい。できるだけ後ろをついていく形になるのを避けて道の反対側を歩き、ふたすじ以上重なりそうなときは進行方向を変える。
寒いと怪しげに見えかねない厚着をせざるを得ず、暑いときにも姿勢を崩しすぎないように、暑くも寒くもなくちょうどいいときも浮かれすぎてはいけない。ひとけの無いところが居心地がいいからといって同じところに長いこと立ち止まってはいけない。お巡りさんがいたら目をそらしても睨みつけてもいけない。話しかけられたならばへりくだりすぎず少しだけ丁寧に応対する。
それから最近は手ぶらで歩くのも避けて何かしら荷物を持ったりしょったりするようにしている。

安心して散歩もできない、まことに恐ろしい時代だこと…




1/14(火)

晴れも晴れ。寒いが気持ちいい。
レコ発ワンマン、再会PV、など発表。どんどん賑やかしお願いします。
このPVは脚本(と言えるのかわからんが)、監修がおれ、撮影や編集など監督的業務を渡邉和義。いま身の回りにいる誰よりも古い付き合い(もう9年?とかか)だけど、こういう形での共同作業は初めて。この映像が気に入ったらみなさんぜひ渡邉さんに仕事をあげてください。
キャストはよしむらバンドのメンバーがメイン。一緒に海に行ったのはギター西田、河原でおれをやっつけてるのはminamitetsuでも一緒の宮原(アルバムで一曲作詞してくれてます。というかminamitetsuでやろうと思ってた曲)。
映像の終盤、セリフ当て大喜利に使えます。

この再会という曲はアルバムの中で一番明るい曲なんですが、一周回って一番ややこしい曲かもしれない。いろんなシチュエーションで聞いて欲しい曲です。アルバム2周続けて聞くと、二周目のこの曲でぶっとぶぜ。




1/15(水)

曇り。ここのところ寒いけど気持ちいいと言ってるのは、この冬の始めごろから思い切ってできるだけ薄着で生活してきたおかげで寒さに体が慣れているからかもしれない。初冬から極力厚着してた、去年の同じ頃は寒くて何もできてなかったような。井の頭が出る直前だったけど。リリースの前後というのは意外にそこまで忙しくないので気持ちだけが焦りがちだ。(各媒体関係者の皆様、取材の申し込みまだまだお待ちしております〜)

中学校に上がるタイミングで東京に引っ越してくるまで、石川県金沢市の御所町というところに住んでいた。1987年6月に生まれて13年弱、2000年の春までになるのか(あってる?)。
そして、おれはちょうど第一期ポケモン世代だ。ポケモンの最初のシリーズはおれの記憶が正しければおれが小学校一年か二年の頃に発売された。もちろん死ぬほどやった。好きなポケモンガルーラだった。四つ上の兄貴にそそのかされ、お年玉でこっそりゲームボーイポケット(緑色の。兄貴は黒で、おれも黒にしたかったが兄貴が許さなかった。当時は不思議に思いすらもしなかった。兄貴が黒だから、おれはそれ以外の色にしなくてはいけないと自然に納得していた気がする。もしかすると兄貴の意思というよりも、黒は一番かっこいいから、当然おれの手には入らないのだと思っていたかもしれない。四つ上の兄貴のいる世界というのはそういうもんだと、毎日のように愉快に泣かされながらも納得していたように思い出される。どこまでが実際の記憶でどこからが捏造の記憶かはわからんが、大人になってしまえばそれはもうどちらであっても大差ない。悲しい話だが)とポケモンのソフトを買いに行った。数日のうちに親に見つかった(それはもう怒られた)けど、あのときポケモンやっててほんとによかったと今でも思ってる。
ポケモンのBGMが今でもたまーに、たとえば似たメロディラインの曲を聞いたりすると突然思い出されて、しばらく頭から離れなくなることがある。同時にあのモノクロのドット絵が浮かび、そこからはもうイモヅル式に色んなことを思い出す。ゲーム自体のことだけではなく夜中にこっそりやってた時に鳴らないよう気を遣ったボタンを押す音(この場合もちろんBGMはミュートしてある)、手にじっとりかいた汗や布団の感触を思い出し、住んでた家の玄関を思い出し、表の坂道へ出て左へのぼる、すぐまた左、小道を抜けて大きな道を横切り、玄関が二重だった長谷川君の家を過ぎてすぐの桂公園を思い出す(そういえばおれがある程度大きくなってからおかんが趣味として始めた篠笛で名を取るときに入れた桂という文字は、その公園の名前と無関係ではなかったのじゃないか?松や桜など、ひとつひとつが東京では考えられない広さの、それぞれに樹木の名前が付けられた町内に多くある公園。そのうちの家から最も近いひとつで、息子2人が文字通り暴れ回るのを眺め続けてきた、将来を明るく描けた無垢な過去を思い出す媒介として、おれがいまポケモンを媒介にして思い出話をしているように、おかんにとって何か、もしかしたらさらにおれの想像し得ないことも含めて、桂という樹木に結ぶ思い出があったのかもしれない)。
今日そうやって繋がって思い出されたのは、御所町を入り口としてその奥の山王や東長江、夕日寺と奥まって行く閉じられた印象のある谷底の道を反対に鳴和の方へいく、そのバイパス沿いの蓮畑と金腐川(金鎖?音はカナクサリガワ)、おれが生まれた時から東京に来るまでの期間は少なくともずっと進行し続けていた開発のためにおれのなかで定まった風景で記憶されていない地帯のこと。定まらないといった風景にももちろん常にある一瞬間は不動の風景で、写真に写すように切り取られた形で記憶にしっかり残っていることもある。ちょうど今の季節、日暮れは早く、雪もそうだけど雨がより多くいつも薄暗く湿った印象の。バイパスから見下ろす形になる位置に流れるすぐ脇の金腐川のその向こう側の平地を、数キロ先の低い山に遮られるまでの全部を一望できる開けた場所があり、その平地のなかにある小さな新しい公園(新しい公園は、大概なにかの再利用素材なのか敷かれた砂利が不自然なほど白かった。もっと新しい公園は砂利でなく柔らかい合成樹脂のような床材で、気持ち悪い。転んでも怪我をしないというのは不自然だ。前述の桂公園なんかは古い公園で、めの荒い赤い砂にエノコログサ生え放題って感じだった。荒れ地のような赤い砂のホーム感に対してその新しい公園の白い砂の違和感は、今思い出すとなんというか一番切ない)の、ペットボトル再利用材で作られたよそよそしいベンチに座って、ガキのおれがゲームボーイを持っている光景。現実にはそこでおれがゲームに熱中していたという状況があったかどうかは定かではないけど、その画を浮かべたとき身体全体の皮膚に思い出されるさむざむしさや寂寥感そのものは、確実にいつかどこかで味わったものだと思う。旅行誌のイメージとは食い違うかもしれないけれども、おれにとっての金沢という町のスタンダードな気候と深く結んだ記憶。




1/16(木)

晴れ。
別件お仕事用の曲作り。BGM作りなんだけど全部打ち込みだから気楽で楽しい。コードも把握しないまま次の和音に自由にいける。プロツに標準装備の音源とアディクティブでひとまず不満ないし、プラグインとしてはリバーブとコンプだけはもう少し素人にも使いやすいのが欲しいけど。

女って知名度に弱いよなほんと、とグチる男が結局その尺度に負け、負け惜しみしているのだし、個人的には似た話として、東大出でもないのに井の頭線に馴染み深いなんて恥ずかしくて言えないぜと思う、おれは学歴に非常に弱い。笑えはするけど愉快じゃない話。
劣等感から、また劣等感に対する順反問わずリアクションとしての表現は、許すまじと言わぬまでもおれは肯定しまい、とある時期から考え続けてきたように思うけど、そのある時期から比べると明らかに強固に身に染み付いた不能感とか妬みの感覚は、いまやそれ自体が安らぎをくれると言いたくなるほど、ほんとうのこと、の匂いがするようになった。その嫌な感覚に頭を支配されて悶えるようなことも今はほとんどない、ただ確実に拭われずそこに静かにあるものとして。




1/17(金)

晴れ。

昼、ほとんどレーベル業務のようなことまでやってくれているディストリビューションの、2012EPの頃からお世話になっている担当の方が次の3月で会社を離れるということで、後任の方に引き継ぎも兼ねたリリース前恐らく最後の打ち合わせ。このアルバムに関して実際に動き出してからですら半年間くらい一緒にあーだこーだ言ってきたけどまだまだ考えることがあるし、全然終わってない。よく考えたら?発売すらしてない。

東京エレクトロックステアズのメンバーとして出会った、KENTARO!さん以外のふたりを含むCRUSH THE TYMKSのライブを見に行った。ダンスというものについて感想を過不足なく語る言葉を持たないのだけど(音楽についてはあるのか?と考えると、ある程度は無知や矛盾を押し通すことができるくらいには確信がある、意外なことに。)、楽しかった。ひどく弱気な感想だけど、多分おれには見えないものをこの人たちは見てるんだろうなと思った。無粋かもしれないがこの人たちがどストレートにヒップホップ踊ってんのも見てみたいな、と思ったんだけど、それって同じようにおれも誰かから、こいつがもっとわかりやすい曲を歌ってんのも見てみたいなと思われてたりするんだろうか?と今まで考えたことのなかった方向から。慣れない世界を覗くというのはこういう別にくだらない発見のあるってことまで含めて、やっぱ楽しい。




1/18(土)

晴れ。夜中すこし雪。

最近はもっぱら携帯からブログを書いてたのだけど、いま久々にマイルスのスーパーベストをかけながらパソコンに向かって打っている。少し前までは、長文を打つ時は必ずこうしてた。

今日は予定されてた「ricca」のレコーディングが延期になったので日がな一日ダラダラしていた。さっき、何日か前から見始めてた攻殻機動隊の二期を最後まで見終えたところ。二年?ちょい?くらい前に初めて見て以来二度目だったんだけど、今回もクゼというキャラクターのことは最後まであんまり好きになれなかった。笑い男の方が好き。二期では登場しないとこもニクい。大江健三郎さんのお話もそういうとこあるけど、おれは主人公サイドが勝負に勝つが試合に負ける、または試合に勝つが勝負には負ける、みたいなのが好きなのかもしれない。そう考えると単純だなーおれ。



さて。アルバムの発売まで、今日が済んだらあと二回しか週刊日記ブログの更新は無い。必然、宣伝できるだけしなきゃという気持ちも起こる。今日はまるで関係ない話をして、宣伝に代えようと思う。

アルバムに入った中で一番古い曲ができた2011年の始めごろからのおおよそ三年間は、おれにとっては、ひととひととはわかりあえるのか否か、という古式ゆかしいバカみたいな問答を続けた期間だったと言えると思う。当然、答えは場面によりけり、何を問題にしているのか、何を以てわかり合うと言っているのか、というふうに限定していかないといけないお題なのだけど、つまりこの三年間、おれにとっていろんな場面で、いろんな問題で、それぞれにぶつかる難所の鍵が、それぞれに、ひととひととはわかり合えるのか否か、という問答に最終的に収束されるような形に繋がっていたということ。

例えば、信じていた人に裏切られた、ということを言う人がある。そんな子供向けの少女マンガのセリフのようなことを今さら本気で言う人間いないだろう、とお思いになる人もあるかもしれないが、考え無しに口にしているわけではないんだろうなと思わせる、本当に抜き差しならぬ状況で、ついに漏らしたという形でその言葉を口にする人が、これが意外といる。
距離をとりつつ話を聞けば、それはあなたの思い込みにそもそもの責任があったんだろう、平等でない期待や依存が、その裏切ったとされる相手に対してあなたの内にあったのだろう、と思わされることになる場合も多い。しかし自分が確保したその距離というのが、果たして平等な視点から慎重に話を聞くために取ったものなのか、哀れなものを切り離し自分は違う、と安心したいがために取ったものなのか、判断するのは難しい。平等さが重要でない、縁によって二者いずれかに肩入れをすべき(すべきという言葉は適当でないかもしれない。正しさとか義務とかいったものを否定せず、かつその絶対性を否定している文脈だから)場面だってある。第三者として話を聞く立場にある人間も、神ではなく一個の人間で、多くの場合神たろうとする必要は皆無で、縁の中で生活する一個の人間たるべき(ここは、べき、でいいと思う)だから。(多くの場合、とかそんな意味の言葉が頻出しているけど、はじめに書いた通りこの話の性質上どうか見逃してほしい。文章力の無さと言われてしまえばそれまでだけど、それはこのブログ全体、もっと言えばおれの発する言葉の全部に対していちいち差し込まなければいけないおことわりだ)
反対に、距離をとらずに話を聞いてほしい、という欲求を持っている人は多いのじゃないかと思う。しかし悲しいかな(おれ自身、自分でこれは本当に悲しいと思っている)おれの基本的なスタンスは、その欲求自体が無理な期待や依存を生む元凶だ、という考え方。少なくともその欲求を照射する相手を選んで、厳選して、できれば世界でひとりかふたりくらいにして、それ以外の人とはわかり合えなくて当然、という構えで生きていてほしい、と思う。ひとりかふたり以外の全部を嫌えというのではない。互いの考えていることを理解しているかどうかの関係ない、かつ嘘のない愛情というのもぜんぜん余裕で普通に存在する。
なぜそこまで残酷なことを言うのかお前は?という人も中にはあると思う。おれ自身残酷なことを言っている自覚もある。だから代わりに、依存する対象としての音楽を提出したい、と思っている。おれが音楽をやる理由、というより目的のうちの大きなひとつはこれ。それは音楽を作る人、演奏する人に対してではなく、作られ演奏された音楽に対してであってほしい、というのはもう一歩踏み込んだおれのほとんどわがままというべき希望なのだけど(もちろん、それは作る側、演奏する側が責任を負うべき部分でもある)。

期待と依存、それから思い込みや勘違いというようなことについてひたすら考えていた三年間だった。その間にも、一度はチョー波長合うサイコー、と思えた相手と決定的なズレを確認して何日間も落ち込んだり、逆にはじめは嫌いだと思った相手のことを本当に大事な人と思えるようになったこともあった。もっと多くの場合、一緒にいて楽しいと感じることと嫌な思いをすることを繰り返しながら関係が続いていく、好きでも嫌いでもないのではなく、好きでもあり嫌いでもある相手。さらにこれが一番多いけど、どういう人間なのか判断する猶予が少しもないままに袖振り合うだけの相手、その人たちの中にものの五分話せば親友になれるような相手が本当は何人いたのか、と考えること。

いろんな人がいる。なぜかこの言葉が悲観的に響きがちになってしまう性格ではあるけど、おれは中庸を体現したいという気持ちをもうずっと前から持っている。ただそれは沈黙によってではなく、持てる限りの言葉を尽くして。必要の何倍も饒舌なこのブログを続けているのはその理想を達成するべく、自分に課した修行のようなもんである。付き合わされているみなさまには悼みいるばかりだ。
ただ音楽は違う。先にも書いたけどおれは、健全な依存というものがもし存在するなら、その研ぎすまされた究極の欲求の対象になるような音楽を準備して、そこに聞き手を迎え入れたいと思ってる。それはつまり、こんなブログ読んでなくても、おれのことを一ミリも知らない人でもおれの音楽を聞いて、何も考えずに心地いいなと思ってもらえる、ということでもある。

そんなようなことを考えながら暮らしてた三年間のあいだにできた曲を集めたのが今度のアルバムなんである。

さあ100万枚売れてくれ!ゼニゼニ!