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冷蔵庫が壊れて直った/肯定的な理解者は確かに少ない、否定的な理解者はたぶんほんとにたくさんいるよ気付かないだけで

雨上がりというのがなぜだか本当にどうしようもなく好きで、いまこれを書き始めている四時過ぎごろがまさにそうなのだけれど明け方の強い風が吹くタイミングと重なったりすると最高、あとは日暮れの直後の昼間の勢いのような空気が残って落ち着かない時間帯とか。



改めて書くと、ということだけれどもおれは性根が悪くて、成人してからもずっと、本当にたくさんの人を軽蔑している(のだと思う。これが軽蔑と言うべき感覚なのか、もう少し複雑なもののような気もするし、持ち続けてもうあまりに長いしよくわからん)。自分のからするともうあまりに浅はかな価値観だ、と思われる他人が多すぎて、というか大部分そういう人しかいなくて、今ではもう反対にこれだけ自分と同じように考える人が少ないってことはやっぱ自分の方がおかしいんだろうなきっと、と信じるまでになっている。
自分がおかしいと思うのは、人を軽蔑するというのが一般的に道徳的でないつまりそんなこと言ったら嫌われるというのがわかっているので遠慮や、性根が悪いと言っても親にもらったこの命できれば道徳的でありたいという欲求が無意識に働いた結果の譲歩としてのことかもしれない。自分が間違っているとしておくのが単に楽だからそうしているのかもしれない。たぶん全部あるし他にも理由はある。
いずれにせよこれは相対的な考え方の上での話であって、といっても、絶対的な価値観というのがあるとしてそれは誰かの想像とか思い込みの中にしかないものであるはずで、そのあたりまでカバーできる論理的な感覚とでも言うべきものはおれの頭では今のところ持ち得ず、ああ、少し突き詰めようとするとほんとにどうでもいいやコレ、としかならない。だいたいこんな感じの思考の筋道は今のところ(全ては今のところ、というほかない、当然。残念ながら)おれには間違っているとは思えず、誰の頭にも自明のことだと思うから共有の考え方と仮定させてもらって、それはつまりありていに言えばおれのこの確信も含めて全て個人の考えることは完全に的外れに間違っている可能性を常に多いに孕んでいて、同時に、その個人にとって、と限定すれば他のあり得ない大正解であると言える、ということ。しかし個人にとっては、想像力の限界まで含めて個人の視界が世界全体であるからその限定はいまいち意味をなさないのだろうけれども。
あと、そんときの気分というものの影響力を信仰している立場としては無数の個人ごとに区切られた軸に対して別の、時間の、一瞬ごとに区切られた軸においての一点つまりある一瞬にあって絶対的に正しいものの存在する可能性だけは残しておきたい、と思う。これは音楽をやってる人間としての、もしくは音楽が好きな人間としての希望だと思う。基本的にダメダメでもある一瞬だけほんとに輝くものの可能性を否定するのは、なんとなく(フワッ)音楽の不思議な力みたいな(フワッ)ものを否定してしまうことになる気がして(フワッ)、悲しい。
話戻して、要するに自分からしたら自分が正しいしあなたからしたらあなたが正しいよ、という(ボブディランはこないだ見たラストワルツでなんだかスノッビーでちょっと好き度落ちた)ことを、いちいち思い出そうとしなくても生活の通奏低音として、世界人類の共通見解だと信じている人というのが存外に少なくて疲れる。信念を持つのはいいけど、誰の目から見ても一番正しい人、というのは言葉通りの意味でいくと世界に一人しかおらず、それはまず間違いなくあなたではないし、そうでなくとも、誰から見てもある程度正しい人、というのもかなりの高ハードルで、例えばおれは完全にそうじゃないし、ただ、無知の知というやつで自分が間違っている、少なくとも例えば目の前にいる相手が口に出さずに自分のことを「ほんとに頭悪いなこいつ」と思っている可能性は常に頭においといてくれる人がほんとに少ないのでおれは人と関わらずに済むよう家でずっと一人でダラダラしていたいとおもうようになってしまったんじゃないか、と考えるとおれは悪くない気がして少し気が楽になったのでした。


おれは完全に間違っている、とおれの想像力の内側ですらそう思うのだからおそらくおれが間違っているという想像は間違ってない。しかしおれにとってはおれは正しい存在で、というか、他の可能性というのがあり得ず(パラレルワールドとかそういうのがもしあったとしてこの次元のおれにはまるで関係の無いことなのである)、言ってしまえばしょうがなくおれはおれであることをしていて、そんなおれの言うことにも耳を傾けてくれる人が少なくとも今画面の前にいるわけだ
。それってものすごく悲しいことだと思うのね、おれは。だってほんとにどんなおままごとだよコレ、って思う。おれはぜんぜん間違ってる、というと自己嫌悪しないでくださいよしむらさんは大丈夫ですとか言われる、いやそうじゃなくておれは別におれだけがダメなんだとか思ってなくて、みんなダメだと思ってる。今でも死にたいと思う瞬間があるとすればそれは人に好かれた時だな。だっておれはそれでも誰かに好かれたいと思ってる。

今落ち込んでるとかそういうのじゃなく、基本的な考え方として、念のため。



寝て起きていま読み返して、別にこんなにダラダラ書かなくても言いたいことは140字とかでぜんぜん書けるなと思った、こうだ、人と人が完全にわかり合うということは相変わらずあり得ないし、自分が常にどっから見ても正しいということもあり得ない、でも正しさはというもの自体はどこかにあると信じないと、成長というものが無いということになっちゃうね。
いや、無いのかもしれんけど。