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2011と2015のこと

2011年のいまぐらいの時期に作ってた「2011」というミニアルバムサイズのCDRに入れた”tokyo2011”という曲をsoundcloudで聞けるようにしてみました。プレイヤーをここに貼付けたりするのもできると思うんだけどちょっとやりかたがわからないのでごめんなさい、、

https://soundcloud.com/hirakuy

そのCDRの歌詞カードは白黒コピーの紙ぺら一枚だったんだけど、その裏側に、収録曲の歌詞とは別に詩のようなものを(確か初回に作った分にだけ)一編プリントしていました。その詩のようなものにさらに後日、続きのような、注釈のようなものを付け加えてあったデータが出てきたので、載せてみます。
タイトルは"2015"という、予言詩めいたもので、つまりそれを今自分で読むというのはただでさえ浅はかな過去の自分が(とうぜん、当時から見れば将来の姿である、現在の自分自身に対しても満足のいく部分を見つけるのが難しいほど、未熟さを思い知り続ける現実なのだけれども)、大胆にも未来のことを想像してそれを詩にしている身の程知らずを目の当たりにするということで、湧く感情は恥ずかしさが大部分なのだけど、ここはひとつ思い切って過去の自分を晒し放り投げるようにして、読んでくれている方々と同じところから俯瞰するような気持ちで、おれ自身改めて読んでみたいと思います。もとより奇特な読者諸氏のこと、おおらかな気持ちで眺めるように楽しんで読んでもらえることを期待しています。
でもやっぱ特にあとから追加した部分( … 以降)の前半の文章の出来の悪さだけはどうしても許せないレベル。

いま現在も自分の未熟さを思い知り続けている、と書いたけれど、この詩を書いた当時から、もっと言えばそれよりもずっと前、もしかすると物心ついた頃から間断なく続いているその状況を、やっぱりこの先も当分続いていくもんなんじゃないかとしあきらめがついた、もとい腹をくくることができたから人目に晒すことにためらいが薄れたということなのかもしらん。たかだか三年前を振り返って、当時既に24歳にもなっていた自分のアホさ加減を、無邪気さと割り切ることができるかというとむつかしいしな。

2011年の終わり頃というと「67年のラブソング」という曲を作った時期からそう離れていないので、忘れてたけどたぶんあの曲の出所というか、イメージの原型みたいなものがこの詩だったんじゃないかと今思った。




2015


すごく悲しい目に遇ってきた気がする
誰だってたぶん未来の話しかしない

誰が悪いのじゃない ただ僕にやる気がないだけだよ

いろんな話を聞いた 誰も聞いてないとこで いろんな話をした
ときどきまじめになって考えるのは このままでいいのかってこと このままでいられるのかってこと

全ては記憶のなかにある 忘れられないと思っていたことも大体諦めた
遠くの煙突から立ち上る煙をぼんやり眺めている
時間が伸縮する
子供が笑っている



君が不細工に笑ったとき一瞬空が澄んだ気がした
僕は携帯電話は見ないで
感傷の拡大に努めた

雨上がりの金木犀の匂いも
道で寝転んで見上げる夜も
夢中になったあと熱いねと笑って窓を開けて裸の胸をさらう風も
笑っていてもいつかなくなってしまうのは まあ確かなんだよ
時間は前にしか進まないって ときどき気が狂いそうになる それで死にたくなるのなら それならば まあまだ生きていても同じかな


誰が悪いのじゃない ただ僕になにもできないだけだよ
ただ汚れて狂っていく空気に わけもわからず死んでいくだけだよ
生きていくだけだよ

君が誰かの子供を産むときに 健やかに 穏やかに いられたらと
きれいな水と
きれいな空気と
太陽と
愛情と
恋と
裏切りと
守るのかわからない約束と
なんでもない日の帰り道を
すぐ治るただの風邪を

健やかに 受け取れるように



未来から記憶を辿って
この島の政治に 災害に 怒りの声を上げても 恐らくなんにもならなかっただろう
叫びや 祈りも 冬を乗り切る助けになるようには 形を結ばなかっただろう
その 悲しみ はまるで 僕らの人生そのもののようだと思い至るのを
悲観的な 浸りたがりの妄想だと笑えなくなってしまったのは
2011年を生きた僕らに 確かに覚えられた事実が
それを強さに変えていくというほうがむしろ滑稽に映ってしまうほど
圧倒的な大きさで

個人的な後悔や切なさを忘れられるわけでもない
むしろ共有しうる脅威を持った僕らは幸せなのではないかと考えたこともあった
当然 既に亡くなった人のことを思えば
未だに 生きている意味がわからないと口にできてしまう自分を恥じる
恥じるけれども

今まだ何かを考えようとするには 忙しすぎるのかもしれない
勇気を出して口にするこの言葉がまた自分を辱める
自分を辱め それをなにか 祈りのようなものに変えようとしているのかもしれない
許されたいと思っているのかもしれない

自分にはまだ何もわからない
何もわからないと口にすることで 許されようとしているのかもしれない
いま自分が生き残ったということと またこの 今の自分の 生き方 を
許されたいと思っているのかもしれない
それをまた 恥じている

考えるには時間が足りない
今の生き方は時間を持て余している

歌を歌うには余りに深刻だ
歌を歌うぐらいしかできない

本当にそうなのか 本当にどうなのか
わからない
悔しい







どうあれ、答え合わせはもうすぐ。本当に2015年というものがやってくるということを、当時のおれは信じていたのか?それはこの詩からはちょっと読み取れないけども。ただ、奇遇と言っていいような程度のことだけど、予言が的中していると言えなくもない事実もある。
2011年よりもまただいぶ前に、何かを思い出すということは、過去を想像するということと考えて、そんなようなブログ記事を書いていたのを覚えてる(探せば出てくる)けど、せめて自分自身には誠実であろうと努めていたのもむかしのはなし、おれはずいぶんいい加減になったので、記憶の大部分はあとから適当に直しているんだと思う。以前おれが自分自身に誠実であろうと努めていたというのも、もちろんおれのいまの記憶の中での話。