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おれが仮にポリタスに呼ばれたとしたら

おれがもしポリタスに呼ばれたら、と想像してみたら最終的にやっぱ無理という結論になった。どういうことなのか。




最近のおれのアイドル高橋源一郎さんが「あの戦争」の悲惨さ、ひいては“他人が死ぬ、傷つくということ”について他人事だろうと感じてはいけない、という反論しようのない「正しさ」を前に感じ続けた違和感を説明しつつ、子供と過ごす中で気付いた、その違和感への、贖罪の気持ちを含んだ自分なりの対処法とも取れる、慰霊ということの意味について書いていた。誠実であろうとする努力の中では本当にたくさんの罪の意識を持たずにはおられないし、それに対して自分の納得のいく形での前向きな解決を得るというのはなまなかのことではないという話としてむしろおれは読んだ。おれ自身はまだ自分の中での解決の方向を見定められていないし、いい文章だろうと他人の書いたものを読んで納得したつもりになることはできない。
http://politas.jp/features/8/article/452
おれの受け取り方も信用せず元の文章読んでね。

ポリタス主宰者津田大介さんのRTを見ているとものすごい反響だったみたいだけど、おれとしては前にも書いた、「僕らの民主主義なんだぜ」にまとまっている朝日論壇時評に関する連投ツイートを読む中で、高橋源一郎さんの、潔癖なまでに甘さを排除した優しさへの信頼はそもそも完全に固まってる(固まってるというのは、とうぜん危うさもあると自覚しているが、固まってるんだからしょうがない)。おれにとっては、大きく分けるとマイスイートハート大江健三郎さんに対して感じるもの、近寄りがたさと信頼に近いと思う。もとより近寄りようもないのだけれども。しかし近寄りがたさと信頼って合わせ技で盲信と言い換えられそう。

津田さんの存在は、地震の以前には知らなかった、アラカキに教えてもらったのだった。それ以降も熱心に追いかけていたというわけではないけれど、この夏の活動を見ていると、津田さんはこの時のためにこれまで力を蓄え(多くの人の信用を得ようとされ)てきたのじゃないかなと勝手な想像をしてる。これまでジャーナリストらしく偏った意見を表明してしまうことを避け続けてきたのが、少しだけ踏み出して、あるイデオロギーを持っている人たちに強く非難されることを厭わない姿勢を見せているというか。あとに書くがこれやる精神力だけで相当大変なもんなんじゃないかという想像をします。

ごく最近になっておれにとってツイッターが一番大事なメディアになった。地震のあとの選挙のときに、おれの見ていたTLの流れからはおよそ想像できない結果が出て、自分の視界の狭さを反省すると同時にツイッターはちょっとまあ、話半分にみとこ、と思ってたとこがあったのが、最近ちょっとコツを掴んでというか、楽しい。
ググって出てこないことこそが大事、という考えはもしかしたらある分野においては古いのかもしれないと疑ぐらせる要因の大きなひとつになったのが、やはり高橋さんや津田さんを含めた、バランス感覚のある人たちのツイッターだった。
(余談だけど最近はレッドブルPという人のツイッターがおれは一番面白い。ツイートやリツイートの多さも含めて、おれがツイッターに求めるものの半分くらいを担っていると言って過言でない。割とリベラル寄りだけど必要以上に自覚的な感じがするのもおれ好み、、)



ノンポリの大学人の両親に育てられ、新聞も読まずテレビも見ず、ネットの大手ニュースサイトはなんとなくバカバカしい、政治はおろか世間一般で起こっていることについて興味を持ったことのなかったおれ(つい最近までは政治的思想を全く抜きにして、まさに何も知らずに、大江ファンであるという希有な存在だったと思う)が、地震津波のショックに前後不覚に陥り直後に書いた詞も、原発モンダイと公の対応にうちのめされて書いたのも、おおざっぱにまとめて考えると、おれがその中で言ってきたのは、自分には力がなく、他人の死にショックを受けこそすれこの気持ちが、本当に誠実なものなのか、それはわからない、わからないことがつらいということだけだったように思う。この辺は自分のものとはいえ音楽作品に対する見方なのであんまりはっきり言うことはできないけど。数はないけど詩も同様。

そしてつい先日、早稲田の同窓というきっかけ(卒業してねえけど)からつながり声をかけられた反安倍政権のサイトに、名だたる著名な方々(そいや津田さんの名前もある)に紛れてコメントさせてもらったのが、初めて他者に対して「自分の意見」を述べる機会だったかもしれない。
ところがおれがそこでようやっと書いた内容は、

元々自分がリベラルだとかいう自覚はないですが、今の状況はまずいと日に日に確信を強めています。もし引っ込みが付かなくなっているのだとしたら、安倍さんにはまずいったん降りていただくことが多くの人の(もしかしたら、未来の安倍さん自身も含め)幸せに繋がるんじゃないかなあと思います。

という、われながらなんともまったりしたもの。そして、声をかけてもらう仲介をしてくださった同窓の方とおぼしき方がそれをツイッターの文字数制限のなかで引用紹介してくださった

…今の状況はまずいと日に日に確信を強めています。もし引っ込みが付かなくなっているのだとしたら、安倍さんにはまずいったん降りていただくことが多くの人の(…)幸せに繋がるんじゃないかなあと思います。

という省略の仕方に、これはちょっと、と思いつつ直接抗議することはしなかったおれが怖がったのは、これから日本の直接的に関わる新しい戦争で誰かが傷つくという、誤解を恐れずに言えば実感の持ちづらいことより、インターネットの中で自分が小さな諍いを起こすことだったのかもしれない、と言えるのじゃないか。(サイトの方にはもちろん元の文章を載せてくれています)
省略された部分こそが自分の言いたいことだったと主張したい(結局いままで声に出さなかった、そして当事者に直接伝えることはしていない)、そもそも省略された部分を書いた理由になる気持ちもただ自分の言葉から棘をなくしたかっただけなのかもしれない、と言えるのじゃないか。
さらに追求するなら、寄稿を依頼されたときにおれが抱いていたのは、戦争の可能性が少しでもあるならそれを遠ざけたい、その微かな一助になるのなら、という気持ちよりも、なにかしらの正しそうな強い流れに参加できる、というさもしい高揚感ではなかったか。



ところで、おれは悲しみと呼ぶべき感情を、実はしらないのじゃないだろうかとつい先日ふと思った。
こないだの記事で書いたように親友の訃報に触れたときに強くあったのは嫉妬。それから戸惑いと、妙な高揚感、いろいろな、本当にいろいろな感情があったと思うが、その中に悲しみとしか呼べないものがあったのか。もしあったとしても、その、いろいろな感情の中に紛れていて取り出して確かめられるようなものじゃなかったのが実際。
2011年の3月11日の夜に、津波で200人の死者というニュースをネットで見た時にボロボロと涙がこぼれてきた(それまで何年も涙が出ないでむしろ困っていた。それ以降しばらく涙腺緩みぱなしであった)が、あのときにあったのはショックと、なにかよくわからない怒りのようなものが強かった記憶がある。それが悲しみとしか呼べないものだったかと考えると、よくわらない。
高校一年のときから長いこと付き合った初めての恋人と別れた時にはしばらく立ち直れなかったけれど、あれは今では喪失感だったと分析している。甘えきった依存を奪われた喪失感と、やっぱりあれもむしろ怒りに近かったのじゃないか。自分に対してと、それから本当に愚かしくも彼女と周囲への怒り。
喪失感を悲しみと言いかえることは、おれはしてはいけないように思う。そしておれはもしかすると、素直に悲しむべきところで代わりに怒りを覚える傾向にあるのかもしれない。他者に対する無責任な怒りと、全力を尽くしてこなかったとわかってしまっている自分に対しての怒り。ただこんな傾向にある人間の自責の念の純度など知れている。
頻出だけど大江健三郎さんの(誰かの引用・訳だったと思う)静かな悲嘆(グリーフ)、という言い方に、二十歳くらいの頃強く惹きつけられて、これはまるでおれのための言葉だととても大事に思ってきたけれど、それはあくまで静かな悲嘆というものを抱ける、賢い大人とでもいうべきものへの憧れに過ぎなかったのかもしれないと今では思う。

そしてこの文章を書きながら。おれがいやしい保身と軽薄な高揚の間でためらいながら書いた、しかし当然それなりの責任と誇りを持って書いた文章を、字数制限のためとはいえ曖昧な部分を削り、方向性のはっきりした形に略編されたときに覚えた感情こそが、おれの今まではっきりと認識した記憶のない悲しみというものに、もしかしたら近いのかもしれない、と思いついた。相対する立場ではない、むしろひとつの問題に対しては近い方向を向いているはずの人から、自分として肝要と感じていた部分を抜き取って紹介されるということ、それは曲解ではなく、悪意もなく、言うなれば誤解であり、表面的な関心であり、非難のしようのないことだった。
やっぱり寂しさというべきなのか。でも、重なる部分はあるとしても、2つの言葉ははっきり違う意味だと思う。まだ選り分けて取り上げ、これが悲しみですねと言えるものがわからん。



本当にただこれっぽちのことでクヨクヨしてしまう。それが実感できただけでもいい勉強だったかもしれない。誰かを攻撃することになりかねない自分の意見を表すということ、しかもそれをできるだけ大きな声で、何かを変えるためにするということの、単純な意味でのつらさは、それすら想像できるところにもおれはいないのだと理解した。声を上げている人に誘われて紛れ込んだはいいものの直後に隣の人の声の強さに萎縮している、といったとこ。

ここのところの面白いのは、基本的に自分の意見をわかりやすく声に出すということをしないんじゃないかというひとたちが、元より大声を出すことがライフワークの左派の人たちと足並みをそろえている場面が見られること。まあ戦争やるってのが現実味を帯びてきているとするならそれはもはやぜんぜんいわゆる「政治の話」ではないので、当然とも言えるし、とんでもない状況なのだとも言えるか。(高橋源一郎さんのポリタスの記事に限って言えばそういう意味で明確なことは言ってない。715の採決以降?むしろ静かにしようとしている感すらある)
そしてこの状況と上段のおれの話と照らし合わせてみると笑えてくる。自分では違うと思いながら、掘り返してみれば始まりは、おれはただたくさんある嫌いなもの(たとえばかわいい女の子のいるバンドのライブを後ろの方で腕を組んで俺はキモオタたちとは違うからという姿勢をアピールしてライブ後音楽性が素晴らしいねとか言えちゃうおっさんの行き場の無い性欲とか)のうちのひとつとしてネトウヨの在り方が気持ち悪くて反発しただけなのかもしれない。もともと、理解しがたいとは思いながらも右側のひとたちというのはなんとなく高潔でかっこいい人が多い感じするよねと思っていた。理想主義と現実主義と、簡単な分け方をするとしたらおれはどちらもそんなに真剣に信じることができない、消極的中道にいる。

という風に、おれがもし仮にこの夏ポリタスに呼ばれていたとしたら、やはりはじめ浅はかな高揚があり、下心の思いつきがあり、参考にしようと先人の文章を読んで打ちひしがれ、自信のなさからくる後ろ向きな推敲があり、最終的に辞退があるのじゃないか、という、完全に無意味な想像を楽しみました。

自分が考えていることや感じていることを、多くの人が同じように持っているはずだという思い込みや、そもそも自分以外の人間が何を考え感じているかということを思い浮かべるという発想をするゆとりすらない状態を脱していられる時間が長くなってきても、期待を裏切られくらってしまう事態が減りこそすれ、わからないことが増えて実際つらいばかりだ。世の中にはいろんな、自分と違う考えの人がいると体感的に少しずつ知っていくということも、なんだか美しげな言葉だけどその実薄く引き延ばされた絶望があるばかり。まあ、気にしなければ気になるほどのものでもない。