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夏の終わり、ツアーは始まり

実家兼録音部屋の留守番を頼まれて、犬の遊び相手にこの週末詰めている。
実家と言っても今のうちはおれが高校に上がった年に引っ越した場所で、その前、金沢から東京に出てきて最初の三年間は割と西の方に実家があった。厳密に言うとその三年間のうちに一度細かく引っ越しているし、今や一家離散していることも含め改めて考えるとそれを実家と呼んでもいいのかかすかな疑問がもたげてくるが便宜上、おかんと犬の住んでいるうちを実家と呼ぶことにする。



その、一つ前の住まいの近く、京王線のとある特急駅の駅前にはたこ焼き屋さんがふたつあった。ひとつは(各地の事情がわからんが少なくとも東京においては)たこ焼きチェーン最大手、外はカリッと中はフワッとでおなじみのぎ○だこ。おれの中学の同級生の多くにとって塾の行き帰りのとてもポピュラーな食事処だった。そしてもうひとつのたこ焼き屋は、メインストリートから一本横へ入ったところに、デカい駐車場に囲まれてポツンとプレハブ小屋のように立っていた、大阪なんちゃらという店。こちらは見るからに悲壮感漂う、先にあるコンビニに行くのに素通りされがちな、車輪こそついてないが一晩で移動させられそうな建造物だった。建造物と言っていいのかわからない、もはや箱だった。(関係者やファンの間ではライブハウスのことをハコと呼ぶ慣習があるがなんとなくダサいと思っている。でも世の中一般の早起きな世界に対して自分たちのいるところはハコと呼ぶにふさわしい小さくてうらぶれた世界だと揶揄ってるマインドとすれば好感がもてる。プライドを持つにしてもそういうとこじゃねえんだよというライブハウス屋とそこに通う人間の矜持が透けて見える気さえする)
中学生のころのおれはまさに、ここでみんなとは違い銀なんちゃらではなく大阪なんちゃらの方に通いたがるような、これ見よがしに気をてらってというのか芯から捻くれてというのか、そういうガキだった。ちなみに断じて一緒にたこ焼きを食う友達がいなかったわけではない。みんながコンビニにおでんを買いに行っている間ひとり大阪なんちゃらで、何時間前に焼かれたのかわからない、ガラスの保温ケースに2、3パックだけ置いてあるそのたこ焼きを買い、すぐに合流して一緒に食べていた。要は意固地になって大阪なんちゃらでたこ焼きを買いたがっていた。1パック買うと一枚もらえる、名刺サイズにはさみでカットしたとおぼしき白黒コピーのサービス券を10枚ためてはまた、外はカリッと中もカリッとしたたこ入り揚げ小麦粉玉1パックと交換していた。
いまあの頃のことを振り返り悔いがあるかと問われれば、マジでもうどうでもいいと答えるが、反主流派への邁進と取れば今のおれも大して変わってない気もする。その中にあって自分を全力で俯瞰して見ようとするマゾヒスティックなアナーキズムに成長していると考えれば、明らかにおれ自身は成長することなくただこじらせている。ネガティブな自己観察も趣味だし。バカだ。

さて、話を現在に近付け、今の実家から駅へ向う途中に、二軒のインドカレー屋がある。正しくは片方はインドカレーではなくネパールカレー屋だが、いずれもいわゆるインド人のやってるインドカレー屋的なものとしてこの際いっしょくたにさせていただきたい。
二軒といったが、おれが(一家が)その街に引っ越したおおよそ12年半前、近隣にはインドカレー屋は一件しかなかった。その、先にあったカレー屋はとにかく間口がせまく、覗き込む気も起きない薄暗い店内、地味な看板におれには意味が分からない極めて印象の薄い向こうの言葉を店名にしていた。まさに素通りされる街の風景に溶け込んだ沿道のテナントで、おれにとっては数々のロマンチックな高校時代の帰り道の背景の一部でしかなかった。要するによく覚えてない。あなたの街にも一軒くらいあるんじゃないかと思うのだが、言われてみればそこにあったような気もする、いつも薄暗くやってるんだかやってないんだかわからない定食屋とか、中華料理屋とか。そういうの。
そしておれが実家を出て都内(23区内という意味)に一人暮らし(近所に用事のあったついでに様子を見に来たおかんはそれを下宿と呼び、おれもその呼び方を使うこともあった、そこには世の中一般の割とちゃんとした部屋に住む同世代人に対して自分/情けない息子のいるところは下宿と呼ぶにふさわしい小さくてうらぶれた場所だと揶揄ってるマインドだけがあり、矜持と呼べそうな可能性のあるものは一ミリもなかった)を始めた頃か、それからしばらく経ってからか(忘れた)、実家近くのその背景の一部的インドカレー屋にライバル店ができた。背景カレーよりも少しだけ、しかし大きな通りを挟んでいることでポイント的には大きく駅に近く、ガラス張りの店内は広々として、スタッフには女性もいた。背景カレーを一度食べに行ったときの感想として「なんかカレーがぬるかった」という言葉を残したうちのおかんが、新しくできたガラス張りカレーに行き絶賛して、後日強い誘いを受け連れて行ってもらった(けんじも呼ばれてきた。あのときついでに頼まれてたマイクロコルグ貸したけどそのままになってるな。ほんとに使ったのかどうだか。箱に入れたまま渡してカバンにも入らないのでそのまま持って帰ってた)。ガラス張りカレーはちゃんと熱かったし、うまかった。なんかよくわからんせんべいみたいなのもサービスされた。
この時はさして背景カレーのことを思い浮かべもしなかったと思う。おれは行ったこともなかったし、身近に唯一の経験者による感想が、温度がぬるかったという、それだけの情報の背景カレーの存在をこのとき思い出したとしておそらく、あそこ終わりかな、というかむしろ今までよくやってこられたなというくらいのものだったのじゃないかと推測する。なにしろ何年も前のことだし、繰り返すが印象の薄い店だった。

そして第一の事件はこの後しばらくして起こる。




次回につづく