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たこ焼きとカレーに見る我が青春(後編)

前回の続き。

ある日久しぶりに実家に向かう道を歩くおれの視界になにか妙なものが飛び込んできた。おれは眼が悪いので遠くから見たそれは赤と緑を基調にしたいびつな柄だった。



こんなところにこんな目立つ看板あったけなと思いながら近付いてみると、それはサイケなカラーリングの中心にエキゾチックな顔の男性がにっこりと笑っているホラーな立て看板だった。浅黒い顔、頭にターバンを巻いたその男性の口角は心配になるくらい上がりきっているが、眼は笑っていない。画風は懐かしい(前世の記憶が)感じのよくあるあれだ。
二度見しつつ、なんかできたのかここ前なんだったけなあと思いながら目線を上げすべてを悟った。そこは背景カレーがあった場所だった。破風の部分の看板には

インド・アジアンレストラン

HAJIME

と書いてあった。はじめって誰だよ!とおれは思った。たまらなく誰かにこれを話したかった。おかんがいてくれてよかったと思った。

当然というべきか、魔力に惹きつけられ後日おれは始に行った。店内からもおれのツッコミを待つ諸要素のオーラが漂っている気がしたからだ。店に入るとインド人とおぼしき男性スタッフが慌てて客席のテーブルから立ち上がった。隣のテーブルには彼の息子らしい小さい男の子が靴を地面に放り出し、足を投げ出して座っていた。店内に客はいなかった。始という名前の人などどこにもいないというところまでは予想通りだったが、とてつもなく後悔したとも言えるし、テンションが爆上がりしたとも言える。
店を出たあとのおれの感想としては、とにかく店内が狭く、そして下水臭かった。言われてみれば適正な温度よりは少しカレーがぬるかったような気もする。味はまずいとは言わないまでも、ぱっとしなかった。安普請の下水の臭いの前に味の印象は霞と消えたのだと思う。

普通なら当然、あるある的な近所のちょっと面白い店の話としてここで終わるのだろうが、おれは青春を大阪なんちゃらのカリカリスカスカたこ焼きと共に過ごした男、粘着性反主流派の申し子である。センセーションでイノベーション的な業務状況の改善がありはしないかとかすかな希望を抱いてはときおり始に行き、そしてその度期待した通りの愉快な後悔を抱いて帰宅するということを繰り返した。簀の上を歩くような音のする板張りの床のトイレを借りると、トイレのドアに必死な手書きで「ここにはってあったポスターは、意味がわからずはっていました。このお店とはなんの関わりもありません」というような内容の張り紙がしてあるという、小さな切ないエピソードもあった。その前に何のポスターが貼ってあったのかは残念ながらわからなかった。宗教がらみのをお願いされて持ち込まれてよくわからんままにニコニコと頷いていたのだろうな。店長の、遠慮深い苦笑いの表情が浮かぶようだ。
その間も、ガラス張りカレーの方はちょっとした話題の店になったのか、繁盛していた。うまいし、ちゃんとカレーが熱いのだからそれも当然と言える。この時点で始がガラス張りカレーに対して確実に優れていると言える要素は遠慮なく煙草が吸えるということくらいだった。

そして数年が経ち、おれの中で始は小さな生ける伝説になっていた。なんかインドカレー的なものが食べたいなと録音中に思った時はガラス張りカレーに行くことが多くなっていた(夢の終わりの録音中にも行った)。伝説というのは、頻繁にその実態を確かめることはむしろ禁忌とされるものなのである。カレー食うなら臭くない店で食べたいし。中学生の頃からさすがに成長し、保守的にリアリスティクな視座を体得したと言えるのかもしれないということはちなみに多分ない。
おれは実は近年インドカレー的なものがかなり好きだ。でかけた先で割と頻回にインドカレー的な店に入るが、やはり比べてもガラス張りカレーはかなり安定しておいしい方だったと思う。店内は明るいし、なんかスパイシーなせんべいも相変わらずくれた。インドカレーじゃなくネパールカレー屋だが、ガラス張りカレーはいい店だ。そしていつしか始は本当におれの中で文字通り伝説になり、あの異様に派手な看板も再び、背景として溶け、つまり見慣れていった。みなさんも思い当たるんじゃないだろうか。たまに帰る実家の近くに、異様な雰囲気を放つ派手な看板のヒマそうなタイ料理屋とかそういうの。

だが夢の終わりの製作中だった今年のお盆明け、おれは自分の、始の伝説扱いを後悔することになった。お盆期間しばらくお休みしますと張り紙をしてあった始の様子がおかしいということに気付いたのだ。休みますと書いていた期間が過ぎるといつの間にかしれっと張り紙ははがされ、中に人の気配がない。薄暗い馴染みの店内を横目に見遣るとうっすらと、散らかっている様子が見える。椅子が倒れ、看板も無造作に店内に放り込まれたという感じだった。ほんの少しだけ動揺した。切なかった。こうしておれと、いやおれとおかんと背景カレーの物語は静かに幕を閉じたかのように思えた。

つい先日のこと、第二の事件が起きる。

閉店した始の前を通ると、なにやら工事をしている。何の店ができんのかなーここは商売やるにはそんなに有利な立地じゃないんじゃないかなーと思いながら通り過ぎようとすると、もう新しい店の看板が壁についている。真っ白な、中に照明が入っていて光るタイプの看板に黒字で店名が書いてある。料亭とかによくあるシックでオシャレなかんじだ。
見ると、印度料理、とある。デジャヴ的な二度見をキめたおれの眼に飛び込んできたのは、星マークだった。
ロゴらしき星マークの中に、店名だろう、花、と書いてある。
それは花じゃねえよ!日本ではそれは星マークだよ!相変わらずだな!とおれは思った。覚えてないがもしかすると思わず声に出しすらしたかもしれない。

そして留守番のために実家に詰めていた今日の昼間、なんかもう意地のために人生を損ねている気もしたが背景カレー、もとい、もと始にして今は星マークの花に行ってきた。息子こそいなかったがいつもの店長(なんか、えらくカッコいい制服になっていた、インド版マトリックスをやったら敵役これだろうなという感じの)が出迎えてくれて安心した。しかしまずメニューの表紙に看板と同じロゴの下にひらがなで書かれた店名を見、おれは自分の早とちりを悔いた。店名は花ではなく、ほしばな、だった。ツッコミ損だ。改めて突っ込み直したい気もしたがここはおれの負けと潔く黙った。

インドカレー的な店というのはおおむねどこも共通して、メニューが多い。何ページにも渡りペースト別、もしくは具別に分けられた多種のカレーの名前が細かく並んでいる。チキンキーマとか、サグパニールとか。かつて始もこの例にもれなかった。日本人のホスピタリティ攻勢に抗う、小さな字の読みづらい、そしてみんな大好き誤訳日本語に溢れたメニューこそ本格外国料理屋の条件とすら言えるかもしれない。しかし大きく変貌を遂げたほしばなのメニューはいたってシンプル、全体にひらがなを多用(どりんく、とか)し、カレーの種類も少なく少し寂しいがわかりやすかった。おれはカレー1種とライス、ちゃぱてぃ二枚というランチAセットを頼んだ。カレーの種類はディフェンシブに極まる、キーマカレー
ふと気付くと店の中に下水の匂いは全くなかった。むしろスパイスのいい香りがほどよく漂っていた。清潔感もある。なぜかサラダと飲み物(否、どりんく)をサービスしてくれた。不思議な寂しさと、強烈な不安に苛まれるおれの前に出されたキーマカレーは、結論から言うと非常においしかった。温度もちょうどよかった。いわゆるインドカレー的な店に多い、強いクセのようなものもなく、日本人向けに慎重に調整された食べやすい味だった。だがスパイスが効いていて丸くなりすぎず、コクもボリュームもじゅうぶんだった。戸惑いの中おれはふと気づく。これはセンセーションでイノベーションなのだと。

食べ終えて店を出たおれの額に、夏の終わりを知らせる風が吹いた。ツアー始まったんだよなあと思った。戸惑っちゃってサービスのお礼言い忘れたな、まあまたすぐ行けばいいか、と思いながらふと気になってググってみたら、チャパティというのはあのガラス張りカレーでよくサービスされたスパイシーなせんべいのことだとわかった。結局最後まで出てこなかったが忘れてたのかな。以上、”初めての食レポ・激戦区に咲いたカレー界の不死鳥、ほしばな”でした