thanks giving tour記⑥台北10/8


移動日。早起きして空港へ。アホみたいな量の荷物で通勤するみなさんの邪魔をする。おれはこれから台湾でバカンスだぜやーいと思いながら。
成田空港でじゃがぽっくるを売ってるのを見てびびる。北海道でしか買えない体じゃなかったのか。煙草ももちろん買ったけど前はもっと安かった気がする。
飛行機ではカバンに常備してる大量のライターを毎回捨てさせられるので学習して減らしていったらポケットのも置いてきてたらしく一個も無かった。喫煙室の知らないおじさんに借りた。高い酸素水を買った。
飛行機は両隣ともに日本人じゃなかった(台湾の人なんだと思う)。隣のギャル2人組がかしましかった。通路はさんで反対側のおっさんは強そうだった。
海外は実は6〜7年ぶりで、飛行機頭痛対策のために耳栓をしてたら入国カード?をもらいそこね審査で並び直すはめになった。二回目は滞在先適当に友人宅って書いたらダメで都合三回並んだ。今回呼んでくれた寺尾ブッタ(月見ル君想フ)さんにメールで住所をきいた。
ようやく抜けて預け荷物を取りに回転台に行ったらこうなってた。そりゃそうだよなと思ったけど傷ついた。


台湾での最初の買い物はライターだった。ブッて英語で話してたら売店の店員さんの方が100倍流暢で早口の英語が聞き取れず笑顔を返した。

無線ルーターみたいなんのレンタルを敢えてしてこなかったので空港を出たら電波レス。ふだん携帯依存症なので非常に新鮮な気持ちになった。バスで台北へ。景色がエキゾチックで嬉しかった。
今回の旅行全体を通して感じ続けたことだけど、台湾それも台北ともなれば東京と同じかそれ以上に都会なのかと思ってたのが裏切られた。何をもって都会的とするのかというところでおれが日本人の尺度しか持っていないということでもあるだろうけど。恐らく日本はとにかく清潔さとホスピタリティというところを追求しているんだろうがそれに慣れているおれには違和感のある状況がはじめ多かった。でも半日で慣れた。考えてみれば東京はもっと寛容で適当ならいいのにと常々感じているおれにとってここは理想的な街なんじゃねえかと思えてきた。言葉がわかりさえすれば。

1時間くらいで台北站についた。一緒にバスに乗っていた日本人たちが散り散りになるなかおれはとりあえず座り込んで最初の一服をしながら辺りを見回していた。暑いのかと思ってたら東京と大差なかった。デカいカートに売り物を乗せたばあちゃんが話しかけてきて、言葉がわかんないんだよと日本語で返したら悲しそうな顔してすぐ離れていった。この時点で確か15時くらい。
ブッタさんから地下鉄で古亭、と言われたそのメールだけが頼り、地下鉄を探したけど地下の文字もsubwayの文字もどこにも無かった。インフォカウンターでサブウェイサブウェイと言ったら怒られそうになった。そこに日本語の少しわかる駅員さんがちょうど来て助かった。あの階段おりて赤い線、2、と教えてもらった。助かった。地下鉄はMRTというらしい。ブッタさんそれ教えといてくれよ、フフ、と思いながら赤い看板を探した。
何人かの友達から事前に台湾は日本語通じるから大丈夫と言われていたのでタカくくってた(だから無線ルーター借りてこなかったというのもある)けど、この辺りで薄々おれは気付いていた、そんなことねえ。

切符がプラスチックのコインだった。ドンジャラで使ったやつみたいな。どうやるんだと思ってとりあえず改札の絵にsuicaみたいな感じで当ててみたらパカっと通れてちょっと嬉しかった。初めて何かがスムーズに行った。
一回乗り換えて合計4駅か5駅くらい、古亭(gouting?グーティンと聞こえた)に着いて、あと情報としてあるのは月見ルの住所だけである。困ったけど今日中にたどり着けばいいかと思いながら潮州街と書いてある辺りを歩き回った。でも住所の表記が日本と違ってまったくわからなかった。適当に路地裏の料理屋さんに入ってメニューの一番はじっこのものを指差して頼んでみた。あんまり外国人が来ない店なのか、怪訝そうな顔で見られた。
台湾で最初の食事がこれ


写真の感じよりは量がある。特別うまいとも思わなかったけど少し警戒してたので何の問題も無く食えるものが出てきて嬉しかった。成田で買った酸素水と同じ値段だった。
おれはこのあと結局この店で同じものを三日間続けて食うことになる。

手帳に住所を書いて店の人に見せると、全然わからないという顔をされて、もしかしておれの台湾旅行終わったのかなと少し思ってたら常連ぽいおばちゃんが立ってきて、結局途中まで案内してくれた。一緒に歩いた30秒間くらいの間には、ジャパン?と聞かれて、イエスと答えた。
最初の角で、手振りでこの道を行って、右、と言われた。ほんとに助かったので何度もお礼を言って、前を向くとまっすぐ伸びた通りから右に入る細い道が何本も何本もあってけっこう笑えた。とりあえずブロックごとにしらみつぶし、1、2時間歩き回る覚悟をしてひとまず突き当たりまで行ってから右に曲がって少し行くと月見ルがあった。奇跡。おばちゃんと旅の神に感謝した。

月見ルに入るとブッタさんとシェフ・おおうえさんが出迎えてくれた。日本人がふたりもいる!
荷物を置かせてもらって(それで相当気分が変わる)しばらくゆっくりしてから、ブッタさんがライブを見に行くというので着いていく。古亭から2、3駅の公館(gonggwan?ゴングァン)へ、大きな通り沿いのご飯屋さんへ。おれは中華料理とざっくりまとめて認識しているけど、ブッタさん曰く、広東(だったかな、、自信ない)ベースのタイワナイズ料理。ふたりで腹いっぱい食べて一瓶だけ飲んで2000円くらい。日本の基準より少し安いかなぐらい。ブッタさんお任せで刀削麺の炒め、野菜炒め、スープと小皿などたくさん食べる。ビール薄くて飲みやすかった。
WALLというライブハウスへ。若者があふれかえっていた。タトゥー率高いがそんなにワルそうな感じではない。高校生の頃に八王子でライブやった時の気持ちを思い出した。フィーバーを少し広くしたくらいの感じか、500人くらい?満員だった。スタート遅く2100くらい。
透明雑誌を初めてみた。パワフルだった。かっこよかったけど、言葉がわからないのは、言葉がわからないなあ、と思った。少し口惜しい感じ。
2300すぎに出て、ブッタさんは月見ルに戻るとのことだったけどおれは死ぬほど眠かったのでブッタさんちに先に行かせてもらった。ファミリーマートで挑戦的な目つきの中年の店員から水とオレオサンドを買った。相変わらず電波もないし、シャワー借りて、やることねえなと思っているうちにすぐ就寝。
ブッタさんが帰ってきたとき一瞬起きたけどそのまままたすぐ寝た。初日終了。