thanks giving tour記⑬10/31仙台


仙台。前もって暑苦しく語って来たけど当日の行程は朝出て帰りは夜走り。ドライバーリツコさんには頭が上がりません。


前日リハの時点では普通だったけど当日朝起きると岸田さんから体調が悪くあとで合流の旨連絡。この日は金川もいたので最悪やれるという安心はあったものの岸田さんがダウンするのも、珍しい。ともかく集合。いつも通り西田のハイな遅刻すいませんメールがあったので安心してゆっくりめに行く。西田もカネも熊谷も遠いところからほんとに、いつもすいません。

バンドで遠征が一年半ぶり、と今調べてびっくりしたけどマジか。そんなに空いてる感じはさすがになかったけどまあ事実なのでしょう。はしゃぎつつ出発。序盤事故渋滞ありつつ、寝てる間に仙台着。


途中のサービスエリアが遠征っぽい気分になるので好きだ。


寒かった。仙台に着いて旨味太助?で牛タンを食った。メンバーみんなそういうとこいいあんばいにミーハーなので一人だとまず行かないとこに行くことになるのが嬉しい。仙台たくさん来てるが牛タン食ったのは大昔ますみさんが肉食わなくなる前に連れてってもらった以来だ。安かったしうまかったし雰囲気も良かった。

会場の場所を確認して、時間あったのでユニクロに行って安くなってるあったかいやつを買った。最近またユニクロがいい。10年以上前にユニクロで買ったTシャツは生地が強くてまだ現役の寝間着。



岸田さんが到着する時間になったのでずんだシェイク飲みながら待っていた。明らかにやばい表情の岸田さんと合流して、会場へ。

kokyuチームと久しぶりで心底嬉しかった。金色の頃からの付き合いのしゅんすけさんと大原さん以外のメンバーとは考えてみるとそれぞれじっくり話したこともないけど安心できる。
umiumaの文字どおり生き残りさるたくんも本番来ていた。顔を見るだけで泣きそうになった。よくわからないけどおれの吸ってるのと同じ煙草をくれた。ラッキーだけにラッキー、と思った。

しゅんすけさんが心配になるほどよく助けてくれて、サウンドチェックもさくっと、あとは三浦さんやかんのさんたちと地震の話をしていた。当時東京から見ていた仙台は実態がつかめなかったので、大きく分けて心配するか無関心か態度を選択するくらいしかなかった。生きるか死ぬかの状況を体験した人たちから当時のそれでも楽しい話を聞けたのが本当によかった。それがおれが何かをわかったつもりになるとか、当時現地の状況が辛くなかったというわけではなくとも。(家に酒と肉だけがめっちゃあったって話、ほんと最高だった)

開演。スリーパーズ中村くんが一言だけMCをして、地震直後に携帯の充電がなくなっていく中よしむらひらくを聞いてくれていたと。それが嬉しかったのではなく、本当に愚かな選択だと思った。そのときのその行動がおれのためのものであるはずはない、自分のためにその場でそういうことをするのが本当に愚かで危なくて間違っていることだと思ったけれど、その分伝わってくる気のしたことの重量に負けて、当時東京でおれが死ねばよかったと考え続けていた自分のことも思い出し、ぼろぼろと泣けてきた。おれが少し救われた、とも感じた気がする。今の仙台で、ライブのMCでそんなことを言うのも本当に恥ずかしいことのはずで、やめてくれという気持ちとありがとうという気持ちなのか、わからなかったけれど。

kokyuのライブは言わずもがなだったけど、やっぱりステージの高いライブハウスでまた見たいから企画を組もうと思った。どんなにペースが下がってもやめることだけはしないで続けようというのがこの日帰り際しゅんすけさんから聞いたバンドの姿勢らしいので、いつかまたやる。

自分らの演奏は久しぶり過ぎてよくわからなかったけど、まさきさんらのガヤにも押されて予定にない曲数をやらせてもらった。春のラストのソロ回しで金川のパーカッションソロ(たいしたことはやらなかった)と、久々にさつきのイントロでソロ回しをやれた、嬉しかったな。

翌日みんな予定があったので、終演後わりかし急いで帰った。リツコさんマジでお疲れさまでした。

やはり片思いをし続ける街。


つづく。