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おれとけんじはバンドをやらなかった

今年の春は絶好調で迎えられそうなので今から勝った気でいる。なんだってそうだけど変わる瞬間がほぼ全てで、直中にあっては慣れが感動を遠ざけちゃう。

ワンマンが終わってからもお知らせごとが多くて、それはここのトップにまとめてある通り、目を通してもらえると嬉しいです。ひとつひとつにいくら字数を割いても足りないくらい強くアピールしたい内容ばかりなのですが、今日はぐっとこらえてどうでもいい話をしたいと思います。


2月のワンマンをやるのを決めたのは去年の8月。その時点でその日を、よしむらひらくとして続けて来た諸々の活動をいったん落ち着いて見直すための契機にしようとなんとなく考えていて、tgツアーの後半の内容と一緒に開催を発表したときにはタイトルを散としていました。何が散なのか、散ると言っても飛び散る方なのか、花が散る方なのか、遠慮がちに意味を訊いてくる人たちに対してあいまいな返事を返し続けていたのは、白状してしまうとおれ自身具体的に何がどう、ということははっきり決めきっていたわけではなかったからです。ただ思い返してみると、去年の夏からワンマンまでの間、つまり夢の終わりを作ってtgツアーをやり、ワンマンに向けて準備をする間、まさにそのワンマン当日に向けて一貫しておれが持っていたのは運動性の高い、暴力的なエネルギーと、こちらはここ数年のおれのモードそのものとも言える緊張感の無さ、脱力、弛緩、そういったものの両方が足を引っ張り合うことなく共存しているイメージでした。カッコいい例えをするなら、エンジンの中で起こる爆発が力強いほど車は静かに無理なく動いていくというような。その様子を感じ取って西田は象の小規模なラジオの収録のときに冗談めかして“心技体の充実”と表現してくれてましたが。
その土壌と言うべき気力と安定感の支えになったのは、去年四月から始めたリクエストソロワンマンでお客さんから直接頂いたように思う何かでした。それは、それだけでもじゅうぶんに幸福で満足のいくほどのものだったと思いますが、すぐ夏から加速度的にアクティビティを増やしていったことを思うと、前年までに溜まっていたフラストレーションがはけ口を見つけるなり決壊して溢れ出したのだという考え方もできるかもしれないし、やはりいずれにせよ2015年はおれにとってかなり希有な良い年だったのだと思います。でもこれから(2/13までが2015年というまとまりに含まれていたように感じます、おれにとっては)また全然違うところへ行きたい。

ついでに振り返って、これは種明かし的な話ですが、Thanksgiving Dayと言えば収穫祭、時期はちょうど秋、これまでお世話になった場所に、直接顔を出してこれまでありがとうございました、と言って回る旅というつもりで組んだツアーのタイトルとしてちょうどいいなと思って付けたタイトルでした。収穫のあったことを祝うのに、まず神に感謝をするというメンタリティは信仰のないおれにも(信仰と知識の無い故の浅知恵ではあるのでしょうが)、なんかいいじゃんと思えたのです。おれの、特にこのツアーの場合感謝する対象は神ではなく各地にいるこれまで10年を支えてくれた人たちであり、場所であったのですが。しかしツアー初日から既に、結局見せて回るほどの収穫よりも未熟さの方が強く自覚されたし、そのために当然感謝を伝えて清算をするなんてことは諦めざるを得なかったというのは既にこれまでも何度か書いた通り。清算という表現を使っていたのは、このツアーが終わったら、前の段に書いた、いったん活動に、どれだけの深さかはわからないにせよ区切りを付けるというつもりがぼんやりでも始めからあったからです。まあ、そのものまんまというわけではないですよという意味を込めて表記をthanks givingとしたのですが。


夏の時点で、畠山健嗣とおれの間にこんなメールのやりとりがありました。


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おれとけんじは長い付き合いで、おれの活動形態の中で唯一デュオが9年続いているということを抜きにしても、音楽的に(おれが弟子の立場であり続けている感はありますが)も音楽以外の面でも濃密な付き合いをしてきました。関係性は多様なものなので順番をつけるものではないだろうけど、おれが人生で得た親友と呼べる数少ない間柄のあるうちのひとりであることは間違いないと思います。互いに依存心はないし、何ヶ月かに一度しか会わないような時期もあったけど、会う頻度は特に関係なく、むしろデュオのライブが続いたりすると飽きる。久々に会っても特に近況を報告し合うような必要もないしそこにそんなに興味はない。よっぽどのことがない限り関係のあり方に変化がないことをわかっているからです。でも去年の夏まで、どちらかが一緒にバンドを組もうと真剣に持ちかけたことはなかったと思います。今までにないくらいのおれの気持ちの変化があったのだとも言えるし、けんじと一緒にバンドをやるとなると想像は膨らみ、今までやってきたよしむらひらくとしての音楽を未練なく手放せるほどの、なにかすごいことができるに違いないという期待が、“散”的な気分を後押しし続けたのだとも言えるかもしれません。

夏以降、ぽちぽちとどんなバンドにするかを話しながら過ごして、こないだワンマンのあとようやく、じゃあしっかり相談するか、と吉田ヨウヘイグループの休止ライブを一緒に見に行ったあとにけんじの家の近くの店に行きました。でもそこで出た結論は、詳しい流れは割愛するけれども、ともかくひとまず今回はナシで、というものでした。

めんどくさい、とかおれら一緒にやってもどうせすぐやめるっしょ、とかじゃなく、互いの具体的な諸事情、忙しさ、そういう後ろ向きでないものが理由(少なくとも、交わした言葉の上では)としてはっきりとあったというのがむしろ居心地が悪く、なんとなく気落ちして駅まで送ってもらいトボトボ歩く途中、共通の仲間であるおれのマネージャーの話になりました。おれよりむしろけんじとも先に関わりのあった、おれのマネージャーと言っても2014年のアルバム発売後のプロモーション期間が終わってから少しずつ会わなくなり、いつの間にかライブにも来なくなったその人とは、おれは2009年からずっと二人三脚でやってきたし、人間としても大好きなのですが、最近まともに連絡が取れない、と言ったおれに、けんじは“嫌になっちゃったんじゃない?”とこともなげに言いました。
いつか恩返しを、いつか、いつか、と思いながらも甘えっぱなしで、まともなお礼を返せていなかったし、おれもどこかでもしかしたらと思っていたことを、当人の人柄もよく知るけんじの口から聞いて、でもその瞬間いやそんなことはない、と昂って反応してしまうくらいに、おれはその人のことを信用していたし、人柄が好きだったからそんな不義理なことをするはずがない、という気持ちが強くありました。
それからひとりで考えるうち、おれが上にも書いたように信用という言葉で表現したがっていたおれのマネージャーへの気持ちは、奉仕への甘えた依存で、利用するとか考えるまでもなく当然自分のために動いてくれる人形のような扱いのことだったのじゃないか、と思えて来ました。ずっとひとりで苦しんで活動してきたという意識は、サポートメンバーにしてもそうですが誰よりおれのためにずっと動き回ってくれたマネージャーの誠意を無視したものだった。自分が本当に心底どうしようもないクズだと思えてならなくなりました。これじゃまあ、フェイドアウトもするわな、と思いました。やらないならやらないではっきりそう伝えてほしいという気持ちは、これ以上またなにかお手伝いお願いしますなんてどう転んでも言えねえやという気持ちに変わりました。けんじの見解は客観的に見れば自明のことで、おれだけが気付かずにいた。
必ずまた堂々と手伝いをお願いできるような状況をつくろう、そうでなくともまとめて恩返しをできるような状況を作ろう、と歯を食いしばっています。彼がもうずっと、今もマネージャーをやってるバンドは着実に伸び続けて、今日もサンフジンズとの2マンを発表していたので軽々しく超えるとか言うのもむつかしい状況ではありますが、少なくともそれを妬み意気消沈するようなことは一切なく、むしろバネに内向きの力がより加わっていくのを感じています。

おれとけんじがバンドをやらないことにした理由に、具体的な諸事情、忙しさ、と書いたけれども(まあもちろん、デュオでいいじゃんとか、おれらがバンドじゃないでしょとか、そういうのありますが)、デュオは当然やっていくし、Hマウンテンズ、大森靖子バンド、オワリカラツダさん主宰の新バンドなど愉快な現場を増やしていくけんじもそうだし、おれもおれでやっていきます。新しいこと、始めからなかなかうまくいかないものだとは思いますが今は奇跡もまあまあ起こせそうな気がしています。これからおれがやる音楽は、おれがけんじとバンドをやらずにやる音楽なのだしね。
いくつも同時進行で動き始めていますが、まずは6月にひとつ、これからの新しい活動の芽になるようなものをお披露目できることになりそうです。きちんとお知らせができるまでもう少し待っていてください。
今は曲を作っています。

またよくわからないで、感覚でものを言いますが、飛び散るでもなく花のように散るでもなく、散という字にまつわるイメージが、ワンマンが終わって2週間経った今も続いています。真空の場所に鋭く方向性を持って吹き出したしぶきのようなものが一番勢いのあるところで静止して、それをゆっくり眺めているような気分です。