広瀬川のネムノキ※追記

仙台で少しだけ時間ができたのでひとりで広瀬川に行って手を合わせて来た。
たまたま7/3に仙台にいられてよかった、というくらいで済まさず奇跡だったと言いたくなるような偶然がその時間にいくつか重なり、衝動に従ってしまいたくなってゆーきゃんに長いメールを打った。でも打ってる途中になんか遺書みたいだなこれ、と思いためらいが出て来たので送るのをやめた。たぶんゆーきゃんはきちんと読んできちんと返事をくれる、もしくは返事をきちんと考えてくれてそのままになる、という想像がついて、申し訳ないなと思ってやめた。メールを打ってる間に自然と遺書のような内容になっていくような相手がいること自体が幸福だし、それで満足した。会った時にでも話そと思った。忘れるなら忘れるままにである。

それから遺書というものについて考えていた。心優しい読者諸氏のために念のため断っておくけれどもいま死にたいと思っているわけではない、全然そんなことはない。そうではなくて、例えば突然なんかの拍子に命を落とすとか言葉を発せられなくなるとか、そういうことがあったときに、今おれしか知らないこと、それは具体的な秘密やできごとに限らずおれの感情だの思索だのも含む、そういうものがまったく失われてしまうという可能性について考えていたということ。これまであまりそれを惜しいと思っていなかった、なくなるならしょうがないし、他の誰かがもう確かめようのない故人の考えを想像するのに力を尽くす、それが実際とはかけ離れていたとしてもそういうことこそ愛おしいなという風に考えていた。その考えが変わったというほどでもないけれど、もう突然、誰に断りもなく突然いなくなってしまう人はいるのだ。津波やテロもそう。

おや、おれが今この河岸で感動したということも、それに刺戟されて呼び起こされた記憶の断片のことも、いつか必ず忘れるし、その手がかりとしてすらおれひとりの記憶に基づいた、しかもまたおれ個人の偏った指向に依存した不確かなものしか存在しないんだなと考えて、寂しいような、悔しいような、でも面倒くさいことを人に知らせずに済むことに安心するような、複合的な感覚が一瞬あった。次に、これはもしかするとおれが自分にはいまいち薄いと思っていた生への執着なんじゃないか?と疑ってみた。多分、これがそうだと言い切れるようなはっきりしたものではないけれど、簡単に繋ぎ合わせると、ともだちについ共感を求めたくなるような感動を覚えて、遺書のように見えてしまうメールを打ちながら送るのを止めて、その一連のなかに自分の生きていることを肯定する(少なくとも否定できない理由を一つ多く見つける)気分があるということを発見したのだ。誰に何の断りもなく突然死んでしまった共通の友人の存在を通じて。
遺書を書いておくのもいいかもしれないと思った。死ぬ予定が近くあるわけでなく、そう希望するのでもなく、結果的にそれが遺書になってしまうということだってあり得る、そのときに渡しておいてよかった、と思うことになるような言葉を予め残しておく。それは(資産があるわけではない以上)自分しか持たない記憶が失われてしまうことを恐れる気持ちに他ならず、その気持ちを持つということを生への肯定と捉えることもできなくはないのではないか。
この部分は三時間後に追記しているのだけれども、つい今しがたゆーきゃんがツイッターでRTしていたデュラスbotのツイート。この記事を読んでのことでないのだとしたら共時性の奇跡だな。
「わたしというのは単に、反響室なのかもしれない」


河川敷から引き上げてkokyu/金色などなどのしゅんすけさん(今回機材準備の関係で大変お世話になった、頭が上がりません)と合流、お茶した。出会ったのが2007年末とかだからもうすぐ9年、本当にその間にいろんなことがあったけど、まあ9年もあればそりゃ色々あるわなハハハーというような話。地震津波とその後の生活、みたいなのはそうそうないことではあるけれども。

書きながらふと思い出して探してみたけれども、”100%精確な記憶なんてものは存在しないから、記憶をすることイコール過去を想像することと言える、でもそれすごく大事だからそのための能力は磨かないといけないし、それによって蓄積されていく記憶の重量こそ、というかそれぐらいしか個体が生きてる意味と言えそうなものなんてないよ”というような要旨の記事と、その何日か後に書いた記事からそれぞれ部分引用。2009年8月、よしむら22歳。

やはり図書館のイメージに近いと思う。
ライブラリになっていてさまざまな情報をいつでも閲覧できる、という意味でなく、図書館と聞いて浮かぶイメージは、やはり重みがある。内容がどうこうではなくて、そこに収められているはずの知識について、人生について、想像したときの重みだ。
その重みは瞬間的に伝わる。

前回、記憶することが生きることだと書いたのと矛盾するようにとられるかもしれない。あるいはそれは本当に矛盾していると言える、でもそれは現実のフェイズでの話。矛盾はもうずいぶん前から恐れるべきものから外れてる。
残りの手札、その景色だけを思い出して生きる。

大事なものが残っていく、残ったものが大事なもの、どちらと捉えてももういいんだよ。
だから大事な風景は常に手許に、いつでも取り出せるところにある。あるいは、そう言うことができる。

大事な風景は失われるわけがない。

なんとも、おつかれさん、まあお茶でも飲んで落ち着きなよと言ってやりたくなるけど、歩み寄ってやるなら最近のおれのモードに近いものがある気がする。この時期とかそれ以前の記事も少し読んだけど、ちょっとそう思ったな。ちょうど音楽やるのが今までで一番楽しかった時期だし、今もまたかなり楽しくなってきてるし。