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人を悼んで笑おうにも寒すぎる東京に爆弾の音は聞こえず

いよいよ年末という感じで一年の中で一番寒い期間に入ろうとしている。
寒さに弱くて、それは精神の軟弱さからくるものだと思って来たけど、どうもこれは本当に特別に身体に合わないんじゃないかという気が、ちょうど今日春先のように少し暖かくて身体が緩んだ実感のために反対に、強くしてきた。少し空気が暖かいだけで、違う人生を生きているような気分の良さだった。毎年いろいろと(11月まではできるだけ厚着をしないとか)対策を試してきたし、それなりにやり過ごし方はわかってきたけど、根本的な解決にはならない。寒いと感覚が開かない。何を見ても聞いても平板で、本来あるはずの奥行きがない。冷え性を直せば全部良くなるとか、漢方とかヨガとか、ほんとにそうなのかもしれないけど言ってほしくない感じわかるかな。勉強しなさいって言われて今やろうと思ってたのにやる気なくなったわ、みたいな。ちゃんと起きるまで起こしてよ、みたいな。



先日同い年の友達が病気で亡くなった。今日また別の友達(こちらも同い年)と話をしていて、本人の意志の介在しない病死はまたこう、くるものがあるね、と。なんというか、クリミナルだ。まだ、二十代なのに。

死んだらいちおうは全部終わりということになっている。また、自分以外の誰が死んでも自分は生きている。この2つを考え合わせると、自分と、自分以外の全ての人の間にどれだけ確かな隔たりがあるかということを実感を持って認識できる。2011年の地震から学んだ(あえて学んだという言葉を使うけれども)たくさんのことの中でも一番おおきなひとつが、少なくとも自分にとってはこれである。
ただ五年半経って、ダメージの中で、しかしよりよく生きていく、ということに関して新しく学んだ(この分脈では素直にこの言葉でいいように思う)ことも多い。

このあとに生き残った人間が、そこから何を学んだか、いや学ぶという言葉を使っていいのか、などということをいつか考えるだろうと想像しながらあの三月に亡くなった人は少ないはず。このこともまた死者と自分の間に、時間の存在の決定的な差があるということを確認させる。まず自分と他者の間には壁がある。でも生きているもの同士には未来にある程度交流する可能性がある。死者との間にはそれもない。想像力を働かせるほどに、現実が呼応してこない想像の虚しさを認めさせられる。

だからこそ生きている人は既に死んだ人の想いを結構勝手に想像しがちだ。訊くこともできない、向こうから訂正が入ることもない、勝手なことを言っても怒らせることはないのだ。それはおれは悪いことではない、どちらかというと好いことだと思う。もういない人は、生き残った人それぞれの中に少しずつ違う姿で存在していて、それぞれの人は、それぞれの中の人に、ふつうに他人と話すときと少し違う仕方で話しかける。そこには甘えと許しがある。自由があるのに責任がない。もし人に本音というものがあるなら、死んだ人に話したいと思うことがそれかもしれない。悼むという行為はむしろ生きている人の方に必要な癒しなのだと思う。

葬儀屋の視点は別として、普段の生活に死者はけして必要なものではない。基本的に生きている他人と関わりながら生活をする必要がある。自分以外の誰が死んでも、自分が生きていくためにやらなきゃいけないことは別のところにある。自分以外の人間の死という出来事は、普段の生活の背景になっていく。
誰も、死んだ人のために悼むことはできない。あるいはこれは信仰のない人間の考え方なのかもしれないけれど、おれはそう思う。死後の世界があったとして、知る限り証明も干渉もする手だてがない。それを知らない人は実は、いないのじゃないかとおれは思っている。

人(犬でもいい)は死ぬと、生きている人の背景になる。お星様ではなく。お星様になったのだとして、お星様は背景のオブジェクト最右翼だ。しかし分けるならば比喩としての用法のほうの背景という言葉、今日のポストはここで語るある概念をまとめて背景という言葉に落とし込みつつ、照り返しの強い記号化、あらためて持ち重りのするようになったこの言葉のことをじっくり眺めてみようという試み。
友達が死んだ日でも、海の向こうで戦争をやっている日でも、面白いことがあれば笑う。仕事をするし宣伝もする。この違和感をどう捉えればいいのかずっと考えて来たけれど、捉え方や考え方で納得、違和感の解消を目指すという態度がそもそも間違っているのだろうなと思う。ただ、自分の生活に必要な営為のどれもが他人の死と矛盾しないように生きていくほかない。神妙な顔をする必要はない。死者の死は自分にとって背景になったが、背景に死者のいない笑顔と、背景に死者のいる笑顔は違う。画で浮かべるなよ、比喩のほうだよ。



2016年の12月は、友達が亡くなり(去年に続き、だ。おれのツイッターのフォロー先250のうちの2つがもう生きていない人のアカウントになった)、シリアの状況が控えめにニュースになり、おれはいつも通りに過ごしている。「67年のラブソング」という三年前(着想は五年前、タイトルにある67年というのは核時代歴=戦後年数)の作品のテーマが今まさに変わらず生きて自分自身に感じられることに、正直なところ作家として嬉しささえ感じている。直視すれば気が狂いそうな事態だから、狂わずにいるためにこのまま直視しないでいるのだと思う。目をそらさないと、本当に狂う。せめて自分が考えることをやめた、ということを忘れないでいる。




最後に。死んだ人の話をしたけれど、今まさに明らかに命の危機にさらされている多くの人の存在を、同じように背景と言ってしまうことには、より大きな迷いがある。それでもアレッポ虐殺はおれの生活の最短ルートにまたがる障害物ではない。

ロシアの大統領ひとりが考えを変えれば全部が丸くおさまるとは言えない状況だというのはさすがに素人考えでもわかるが、日本の対応の仕方に思うところはそりゃある。声を上げることに実際的には意味がなかったとして、止められない感情が、大人数の共通する声になって届けばいいという望みは、誰もが持っているんじゃないか?停戦合意の履行、アレッポ市民の安全な避難の保証を願いたいです。