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日記

バンドリハのちロフト事務所に年始の挨拶と簡単な打ち合わせに。新宿で5時に用事が終わるって状況があんまりないのでどうしようかなあ、という気分を10分歩く間楽しんだ。
バルト9で、正月にゆびさきの光、うまれてくる人たちへの編集で会ったときに堀田利羅から勧められていた電グルの映画見ようと思ったけどちょうどいい時間のものがなくてやめた。終電で新宿行って夜中に見るのもいいなってちょっと思った。とにかくやってるうちに観に行こう。そういう普通のことがたぶん足りてない。



吉祥寺でのリハにチャリで行ってたので帰りも新宿から吉祥寺へ。携帯見てたら乗り過ごして三鷹まで行ってしまったけど、歩きたかったのでそのまま三鷹で降りる。最近歩いてるときくらいしか本当に少しもまともに考え事ができない。

雪の降った月曜あたりから急に本格的に寒くなったけどこれが年を越した後でよかった。年越す前から寒くなってたらより辛い気分だったはず。
今週は悪いことが重なり凄惨な気分だった、久しぶりに憂鬱症をやるかと思ったがけんじデュオライブと今日のリハ、ワンマンに向けた準備で本格的にバタバタし始めたおかげで助かった。

昨日のけんじデュオライブの帰り、壊れかけコモさんと、長く一緒にやっている二人の阿吽の呼吸、みたいな話になったが、どうだろう、おれら二人の場合は呼吸がずれたらそれはそれで面白いというか別にそれはどうでもいいと思っているし、けんじがどうかは知らないがおれはどんな間をけんじに投げても絶対に拾ってくれる、あるいは平然と無視してくれると思っている。酔ったコモさんがおれらについて、ゆるくやっていても内容がいいから問題ないと言ってくれたのは素直に嬉しかった。



リツコさん撮影。髪の毛ないの自分では見慣れたけどどうだろう。たぶん中学校卒業して以降で一番くらいに短い。

熊谷と一緒に演奏し始めたのが高校を出る春だったので、もうすぐ本当に10年だ、という話になった。長続きの秘訣はプライベートの話をあんまりしないことかもしれない。元々おれの音楽に合うスタイルのベーシストだったというわけではないのに、ずっとこちらに合わせ続けてきてくれたのだ。10年間ほぼ休みなく。これといって何も返せていない。最初に練習した日のこと、高橋きょん豚汁と、棚澤と四人で、終わった後その日は参加できなかったのじこさんに会いに秋津へ行ったのだった。

今日は特に前半、しつこい系の曲ばかり練習したので疲れた。以前は練習が楽しくないとやる気が失せていたが、今はきちんとやれば本番が楽しいということを信じられている。部活の辛い練習を頑張る学生のようでなかなかいいと思う。
書き方が悪かったかもしれないけど楽しくなかったわけではないし、メンバーと話す時間はもちろんいい。

おそらく今度のワンマンがいまのメンバーでの最後のレギュラー演奏になるので、そういう日にはきちんとそれに見合ういい演奏をしたい。健全なことを考えてるときはだいたい気分と体調もよくなる。最近少しだけ筋トレもしている。


ロフトの事務所に行ったのも久しぶりだった。はじめなかおわり(と春のシングル)を出したのが2011年(覚えやすい)だったので今年で5年。当時のディレクター、ロフト金子さんが54になると聞いて驚嘆した。年齢を加えるごとに経年の体感速度が上がってくることはおれも実感できている。昔ヘッセのシッダールタを読んで、過去も未来も今もひとつなんだという感覚を理解できた気がしたのがすごく嬉しかったということをよく思い出す(よく書いてる気もする)けど、その感動を今同じように喜べるかというと怪しい。だからどうしたと、極端に言えばより一層生きることに執着なくなるだけだろうとなる。たぶん今が冬で寒いからだ。
真剣に願うわけじゃないが、老いず、時間が無限に近いほど(無限そのものであればそれはまた話が違ってくる)あるなら生まれてきてよかったと思うだろうなと思う。金子さんのこととは全く関係ない(10年後はわからない)話になってしまっているけど、老いはあんまりに残酷だと思う。正直に言って体が動かなくなり思考が明晰でなくなっていくのに喜ぶべき要素はない。老人と子供が昔っから嫌いだと思っていたけど、もしかすると愛おしくて、哀れに思う気持ちを認めざるを得ない無礼が辛い、切なくて嫌だったのかもしれない。
そう考えているとおれが生に執着がないというのは嘘だな、と今思った。理想の通りでないのが耐えられないだけだな。それにしても穏やかで、不自然を感じられない在りようの気持ちなのだが。まあ、嘘とかほんととかは、そんなに簡単に判断できるものではない。当然の話だがある程度は嘘である程度はほんとうのことだ、なんだって。誰だってあるときは美しくあるときは醜いように。