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‪ハイで且つ眠くて仕方なくて寝るってのが毎晩でないならやめたいよな※追記

Diary

先日お知らせさせていただきましたが、3/15に三年ぶりのアルバムが出ます。CELEBRATIONというタイトルです。これから発売日に向けてどんどん詳しい情報をお知らせしていくので、HPやツイッターや、気にしていてください。

それで最近はもうとにかく起きてる間はずっと携帯を持って、連絡を取ったり考え事したりしてます。マネージャーとして動いてくれる人がいるわけではないので、今はアーティストというよりレーベルの人間としての立ち回り、さらに身近な仲間の手を借りまくって、スタジオローサチームよしむら総力戦の様相を呈してます。大変なんだけど心の底から楽しい。今日のポストは割とそっちの視点の話です。

‪きちんと働いてしっかり稼ぐのがまともな大人、ということをおれも畏れを持ってずっと信じているんだけど、最近はまともでなくともまあよいと考える方が自分には合っていると思うようになりました。お金はそんなには無くとも、時間と労力を惜しまず人と関わっていると、珍しい幸福に出会えることが多い。‬

‪お金はどうでもいいというわけではなく、むしろスタジオローサが(よしむらひらくだけのことじゃなく)このままいい感じに回るようになってきたら絶対やりたいのは、とにかくひたすらにクリエイターにギャラを払いまくること。クリエイターというと限定しすぎか、‬なんでもいいんだけど、既得権益に縁がない場所にも、流行と遠い場所にも、つまり普通に考えたらあんまりお金にならなさそうなところに食い扶持を作りたい。
‪最低限のお金が無いとどうしようもないというのは事実だからな。

‪さらにクサくなるんだけど、「大人数じゃなくとも誰かが確実に自分のことを見てくれている」っていうことに確信を持てない人が1人でも減るように、そのためにできることはないかと最近よく考えてる。おれはそこまでに結構モタついた記憶がある。‬身体が(主に脳が)いちばん元気なはずの時期をその懊悩にぜんぶ費やしたという気すらする。
色んな人がいて、理想の形も人の数だけある(これは結構、驚くべきことだと思う)。誰かの助けになれることがあればそれが一番、とは言い切れないけど二番目か三番目くらいには嬉しいし、その状況は大体の場合おれにとってものすごく勉強になる。知識が増えるわけでなくとも、いわゆる有力なコネというのに繋がるわけじゃなくとも、おれはむしろわかりやすい力強いアドバンテージを持たない人と関わるときに感動することが多いような気さえする。強くわかりやすい肩書きはその人自身のパーソナリティの味わいを眩しさで隠すし、多くの場合そういう人は当人も踏み込まれることを望まず、意識的にも無意識的にもその肩書きからずれた認識を他人に持たれるのを避けるということも多い。それが悪いと言うのじゃなく、おれ自身も当然ミュージシャンとしてのプライドはあるし、その部分への侵略的態度にはつらい思いをすることもある。

道は長いが、1つずつ丁寧に超速でやっていきたい。
‪誰にでも基本的に優しい人になりたいという気は絶対ないのに、一人ずつとたくさん話して必要なときには支えになれるようにいよう、結果的にそれが全員に対してということになるのは良しだとずっと思ってる。それも、誰に憎まれることになっても、とも。自分でもまあまあおかしい。
最近のこの姿勢は10代の頃のおれに近いよね、ときょんちゃんと話して笑った。‬

最後に、前にツイッターに下書きにしてたものをここで。2つとも同じ晩に書いてたもの。

‪ぜひ酔っているものとして聞いてほしいのですが、幸せ、という言葉を聞いて何をバカな、と反射的に思う、あるいは自分に関係のあることと想像すらしない、そんな、自分に似た愚かな優しい人たちの幸せを、殊に一瞬の幸せを、祈る係りの人間でありたいと、いや、あろうと望みます。一瞬の、と言ったのは、きっとそういう人たちは、一瞬だけ味わわれて消える感覚においては特に鋭敏なのじゃないかと思うからです。根拠はありませんが、自分がそうであるから、あなたもきっとそうだろうと思うからです。永遠やそれに近いものを力強く信じられるほどの勇気をなくし、手放しの喜びすら自分とは無縁か、少なくとも親しくはないと思ってしまう人を見て、声をかけることのできる縁を稀なものでないと思うことはやはりできず、それでも祈ることをする、そういう役割をもらう者であろうと思うのです。‬

‪もうすぐだ、いろんなことが‬
‪寝不足すぎて魔法とか使えそうな気持ちになることあるじゃないですか。あんな感じでツイッターに500字くらいの文章を下書き保存して、なにやってんだろう、わけわかんないな、と思ったすぐあとに、でもずっと、わけわかることを憎み続けてきたなと思い直しました。‬
‪ただ、ただ純粋にわけのわからなさを愛するとか、できたらいいんだけど、それでは奇を衒うだけになりかねないし、わざわざ憎むということがあるのは大きく力を認めている対象に対してだけなので。もともとが、純粋で正しいものが好きなので、そういう、正しいもの、合理的でスマートだったりするものに常に憧れや尊敬があって、たぶんかわいさ余って憎さ100倍みたいなカチャカチャしたことになっちゃってるんですよね。‬

‪いい塩梅とか、自分なりの程よいところとか、そういうことを素直に追求し続ける根性さえあればよかったと思う(けして諦めているわけではないけれども)。‬

‪自分のことも好きだし、好きだから腹立つし、落ち込む。そうやって1人でうんぬんやってるところへ誰かに外から好きですよと言ってもらえるのは、だから本当に嬉しさがありつつ、そうじゃないんだよ、と嘆くような気持ちになってしまうこともよくある。‬

書きながら途中で我に返ってやめてますね、これは。