ashimotonokusa variable calm

インスタグラムを始めてだいたい1年ぐらいが経ったということに、クチナシの匂いがした時に気付いた。
ひとつのSNSを始めてちょうど一年なんていうどうでもいい区切りも、時節の植物の写真だけをアップしていくことにしているアカウントにとってはそれなりに、楽しく意味のあるもののように思えます。慣れないツールに少し右往左往したのちに、草の名前にハッシュタグを付けるいまのスタイルではじめて投稿したのが去年のクチナシの花叢の写真でした。

数えてみたら一年間で(たぶんだいたい)92種の植物の写真を投稿していたようです。投稿まで至るのはその植物を見かけたのが特別写真を撮る余裕のあるとき、かつある程度の確からしさで同定ができたと判断した場合に限られるので、まだまだ入り口に立ったというところ、何周季節が巡ろうとそう簡単には尽くせぬ作業に手を染めてしまったという感。

もともと植物のことは好きでも、見つけては名前を覚えて回ろうという発想はないままに生きてきたので多くはその名前がわからず、または確信が持てず師匠にメールで訊くということをしています。写真だけを送ると10秒〜数時間のうちにその植物の名前だけが返ってくるので、(いかにもな洋物や観葉植物については「しらん」とだけ返ってくることを除けば)その精度の高さに毎度感動して、これはもう、そういうサービスがやれるなと思っています。師匠がいつか寝たきりを余儀なくされることがあれば愉しみとして提案をしてみようと思う。どうだろう、アプリケーションの開発をしてくれる人さえいれば、個人のボケ防止を副の目的とした、またその個人が完全にボケたらサービスを終了するアプリ。冗談半分の例え話だけど、いつかそのときが来たらおれが後を継ぐことができる程度に、これまで何ひとつうまく受け継いでこられなかった出来の悪い息子として母親に素直に教えを乞う、その最後の手立ての媒介役に、ひとつひとつの草の名前がなってくれている。
母親の膨大な知識の一端を垣間見るという事実以外に、もう少し血の通った交流をしている感じがそこにあるのが不思議で、この人はどの時代にどこでそれを覚えてきたのだろうかと、想像する楽しみも与えてくれる草の名前です。そしてそれは親子であるという条件付けが必ずしも必要でない、よってきたるところはその媒介が草の名前であるからこそ、とも感じている。
経済活動をする上で全くと言っていいほど意味を持たぬ純粋な知識、つまり教養というのは今やそういうものだと言えてしまうほど景気の悪いこれからの日本で、世代交代をして生きていくときに受け継いでいくものが唯一草の名前だったというなら貴族的な詩情があって好い。

同時に、契約社員として働いていた身分から逃れ音楽のみで生計を立てるようになって一年ということでもあるようです。当のインスタグラムでいまのスタイルに固まる前にいくつかアップした写真の景色に、当時の職場近くのものを見つけたことで気が付きました。こちらはまあめでたいと言ってしまっていいことかもしれない。よくやっている。
今後とも、よしむらひらく並びにスタジオローサをよろしくご支援ください。録音、楽曲提供、BGM等音楽制作から、出張PA、デザイン&入稿、写真撮影、映像製作、ウェブ制作も請け負います。おれが全部やるという意味じゃないよ、プロがやります。

さて今後文章を書くことに惜しみなく迷いなく労力を注げるようにするために
よしむらひらく | note
投げ銭してもらえるようにしました。もちろんこれまで通り無料でブログは読んでもらえますが、今後noteのほうで実験的に、過去のブログを加筆修正したものと、ガチの長文を書いていこうと思います。基本的にはブログと同じ内容を上げていくことにするかもしれないし、プラットフォームや形式はいろいろ試しながらやりたいので、しばらく落ち着かずいくつかのサービス間をいったりきたりするかもしれませんが、音楽と同じように文章を作っていくためのよりよい方法を見つけたいので、お好きな方はどうぞお付き合いください。