ペットショップと血の話

ペットショップというものは日本から早晩なくなるんじゃないかなと思っている。

そうなるんじゃないかなと思うだけで、おれとしては反対も賛成もない。犬や猫がケースに入れられている店には進んで立ち入りはしないけど金魚だの熱帯魚だのがいる店があると入りたくなるかなぐらい。


怒れるオッサンが硬めの口調で話しますけどね。

煙草が駆逐されていくのとかなり近い文脈で、特に都会では犬猫の散歩をさせるのが、細かく気を遣っていてもまずかなりやりづらくなるのじゃないかと思う。都会で起きることが特に必然性もないのに地方にも風潮として波及する例のあれと同時に、ペットショップで犬猫を買おうとするときにかかる、殺処分になる保護犬猫関連の税金がとんでもない額になるとかなんか知らんけどそんな感じで。まあ道理はよくわかるだけに抗いようがない。さらに同時にペットセラピーが盛り上げられて高級老人ホームのステータスとして犬が何匹配備されてるかみたいな風景も目に浮かぶ。矛盾を嗜好品の価値とする商売な。いいんだけど。

殺処分になる保護犬猫の情報を懸命にSNSで拡散されている方々は、しかし同時に血統書付きの犬だの猫だののかわいい動画を愛でる人たちの愛情の純粋さに打ちひしがれることが多いのじゃないかと想像する。その配慮のなさに憤り続けることができるなら本物なんだろうが、そういう方はさぞ生きづらい人生を送られているのだろうと恐れ入る。別の面では自分にも似たようなところがあると思っているのでまあバカにしているわけではないというのは伝わると思うけれど。

拾われて来た犬を人生の相棒として育てるという誰の目にもわかりやすい美談を、そもそもそんなもんが美談になる現状が腐り切っているのだと声に出せる人をすごいなと思いこそすれ、なかなか素直に賛意を表すことも難しい。フェミニストの意見を聞いて「まあ、たしかにおれもそう思うんだけどね、、」というときの気分と同じやつ。おれもそう思う、というのは全く嘘じゃないんだけどね、難しいやつ。

流行り言葉というのは(インスタ映えの話をしたことがありましたが)本当に敏感に微妙なニュアンスを絶妙に掴んでいるからこそ流行るのであって、「ポリコレ棒で殴る」という言い回しの、嘲るような調子にムッとしつつも、しかし秀逸だよなあ、と改めて思います。言うまでもなくゲバ棒からインスピレーションを得ている、敵ながら天晴れじゃのと言うほかない発明。

口調がくだけていく。推敲は無しで。

血統書もそうだし、血縁、血の繋がり、血と涙の結晶、だのなんだの、血という単語に特別な重みを与える慣例がある。戦争で死ぬことを血を流すと言ったりする。レイシスト汚れた血が、とか言ったりしますね(古いか)。命というもののすぐ近くで、特に同族の繋がりというニュアンスを与えられている単語、という位置付けなのじゃないかと思う。

生理のある女性と無い男性では直感的に血に対する感じ方も違ってくるだろうから、もしかするとそもそも血を尊く重要なものとするって感覚は男性社会が前提になって生み出された慣いかもしらんね。適当言ってるけど。(フェミ諸氏、ほらボクは敵じゃありません。あ、諸氏って言葉がまずければお詫びして訂正します)

なんかその割に蚊って神聖視されないよねとふと思ったんよね、この話がしたかっただけなんだけど。大事な血を奪っていくものだから憎まれて当然、と言われればそれもまあそうなんだけど。

でもすごい重要な分岐点だったと思わん?蚊を神聖なものとするか悪の権化とみなすかの選択。可能性は全然あったと思う。もちろんそういう文化圏宗教圏があるのかもしらん(似たようなあれで吸血コウモリから膨らましたであろうドラキュラも多分悪の権化、神に背くもの的な扱いよね?本国では。本国がどこかも知らんしもしかしたらもっと微妙な立ち位置の存在なのかもしれんけど。伯爵与えられてるし)。めちゃくちゃありそうだけど別に調べてもない、少なくとも日本ではおれの知る限り、蚊取り線香が風雅なものとされるくらいには余裕で殺戮の対象になってしまっている。

つまりそれって実際蚊に刺されると痒くなるからってのが一番大きな理由だと思うの。考えれば(むしろ考えなければ)当たり前のことなんだけど、哺乳類の血だけを吸って生きる小さな生き物を神聖視はしなかった、ただの害虫、なんなら他愛のない存在の象徴として慣用句にも登場してしまうような扱いを受けることになった、その理由は刺されると痒いから、という。なんのかのと別の言い訳はしたかもしれんけど。

おれはすごくその明快な感覚の方に共感するんですよね、実際に害をなして来るかどうか?だけで判断できている。血という道具に惑わされず実害があるかどうかで蚊の扱いを決めた昔の日本人、エライよって。ふみむしという名前にはまたなんかちょっとややこしい重みのある話が埋まってそうな予感がするけど。そんなもんはただのうんちくだうんちく。捨て置け。調べるんじゃない。

口調が粉末状。

どんな出来の悪いやつでもムカつくやつでもなんなら犯罪者でも"人権があるから"大事にするのだ、って思想の人には当然そこで止まらずその先まで行ってほしいんすよね。犬猫は哺乳類だから人間と同じようなもの、大事なものボックスへ(ペットショップ撲滅!)!鳥類もまあなんか感情とかありそうだしほとんど人間、大事(ペットショップ撲滅!)!魚類はなんか目が人っぽいから大事(寿司食うな!)!虫は小さくてすぐ殺されるからそういうものこそ大事(でも蚊取り線香で俳句とか詠んじゃう!)!植物は夏とかびっくりするくらい早く伸びてなんか生きてるみたいだから大事(見たか浅はかなベジタリアンどもめ!)!石ころには命がないと思われている、そういう常識の裏をかいてこれも大事(御朱印帳スタンプラリー)!

まあなんか言っちゃったもん勝ちですよね。いや、いいと思うんです。ほんとに。やりたければやれよという感じで。共感できるポイントあるんですよね。

自分の頭で考えるってことがなにより大事なんだと思います。大事というか、そういう姿勢が好きですね、自分は。

話をまとめて自分の見解を提示する気はさらさらないんです。そんなことよりほら夕焼けが夕焼け色しているよっつって。綺麗だねっつって。生きろっつって。